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「ちゃんと責任を、取って貰おうじゃない」
「一体、何をする気ですか!?」
「試合よ、試合。決まっているでしょう?」
何やら不穏な物を感じてしまったジークが慌てて問い質したが、藍里は平然と切り返した後は黙して語らず、そうこうしているうちに試合開始時間五分前となった。
「失礼します」
ノックの後、姿を現した初老の案内役らしい男は、恭しく藍里に一礼してから告げた。
「ヒルシュ様、そろそろ試合開始時刻ですので、競技場への移動をお願いします」
「分かりました。じゃあ皆、後でね」
落ち着き払って立ち上がった藍里を、ルーカス達は不安を隠せない表情で見送った。そして藍里は先導に従って、無言で進む。
(さすがに直前で、何か仕掛けようって魂胆は無かったか)
そんな事を考えながら歩き続けた彼女は、少ししてから「この先にお進み下さい」と促され、会釈して一人で進んだ。そして彼に背を向けた藍里は、目の前の両開きの扉を押し開けて外へ出てそのまま進み、直径約百メートルの円形の地面と、それを囲っている高さ約二メートルの壁と、その上部にある観客席をぐるりと見回して観察する。
(聞いていた内容だと、競技場には入口が二つ。西側は挑戦者の出入り口、東側は対戦相手の出入り口。北側の観客席に、公爵の観覧席が設置されている筈だから)
そこで向かって左側に目をやると、ディアルド公爵ランドルフが確かに無表情で席に着いており、藍里は小さく息を吐いた。
(本当に読めない表情。それで西側の観客席には、挑戦者の身内や支持者がいる筈で……)
すぐに公爵の観察を諦めた彼女は、中央に向かって歩きながら背後を振り返ったが、視界に入った光景を見て、思わず笑い出しそうになった。
(見事にうちの家族だけ。下手に近くに座って、肩入れしていると思われたく無いんでしょうね。……でも、ジークさん達は良いのかしら?)
家族のすぐ後ろに、当然の様にジーク達が座っているのを認めて、藍里は思わず三人の立場を心配したが、この場ではどうにもならない為、再び進行方向に視線を戻した。
(反対に、対戦者の方は鈴なりね。最前列の顔付きが険しい夫婦は、やっぱり両親のオランデュー伯爵夫妻かな?)
真面目にそんな事を考えていると、至近距離から声がかかった。
「おい、小娘」
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