プロローグ その世界の始まり

3/4
309人が本棚に入れています
本棚に追加
/157ページ
「アリシア、余計な気苦労をさせる事になって、申し訳ないと思っている」 「大丈夫よ、アリシア。今のところ体調に異常は無いし、向こうでも十分気をつけるわ。心配してくれてありがとう」  うっすらと涙を浮かべながら、れっきとした騎士階級の娘でありながら、流浪の民であった自分にも隔意無く接してくれた得難い友人に、リスベラは心からの感謝の言葉を述べた。そこで時間を気にしながら会話していた兄弟は、そろそろタイムリミットである事を悟る。 「それではリスベラ、行くぞ。グラウル、息災でな」 「はい。あの捜索隊が諦めて領内から立ち去ったら、扉を開けて追加の物資をお渡しします。その時に改めて、今後連絡を取る為の細かいルールを決めましょう」 「そうだな」  そうしてガイナスがドアを引き開け、その向こうの暗闇に足を踏み入れた二人の姿が消える。グラウル達はその光景を見守ってから、無言でドアを閉めた。それと同時にアリシアが、一筋涙を零しながら独り言の様に呟く。 「あなた……。本当に、行ってしまわれましたね……」 「アリシア、泣くのは後だ。急いで隠すぞ」 「はい」  呆然とドアを眺めていたアリシアは、夫に急かされて慌てて涙を拭った。そしてドアの左右の壁に立てかけてあった梯子に夫婦二人でそれぞれ上り、ドアの上部に巻き上げてあったタペストリーを縛っておいた紐を左右同時に解く。  すると当然タペストリーは重力に引かれてスルスルと床に伸び、先程二人が消えたドアを覆い隠してしまった。梯子から降りて、それを眺めたグラウルは、思わず苦笑の表情を浮かべる。 「皮肉な物だな。神に見捨てられた者達が、神の姿を隠れ蓑にするとは」  その場は領主館礼拝堂祭壇の背後の壁の裏側であり、北側の天井に近い位置に小窓が一つしか無い、本来は小物を収納しておく狭いスペースの為、昼間でも薄暗い場所である。そしてそこのその壁に、受胎告知の場面のタペストリーが掛けられてあるのは、さほどおかしい事では無かった。そのタペストリーの下に、本来なら向こう側に開くはずの無いドアがある事以外には。  そのタペストリーを暫く無言で眺めていたグラウルは、同様に黙って佇んでいた妻に向き直って重い口を開いた。
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!