第1章 父の故郷は魔女の国

2/34
309人が本棚に入れています
本棚に追加
/157ページ
「ただいま」  その日、来住(くるす)藍里(あいり)が学校から帰宅すると、普段日中は滅多に顔を揃えていない両親が、リビングで自分を待ち構えていた。 「お帰りなさい、藍里」 「戻ったか。そこに座りなさい」 「はい」  室内には藍里の両親であるダニエルと万里と共に、銅の様な光沢を放つ赤毛に、深い青の瞳を持つパンツスーツ姿の女性が存在していた。彼女はダニエル達とは対面する位置の二人掛けのソファーに座ったまま、上品な笑みを浮かべつつ藍里に会釈してきたが、対する藍里は予めその女性についての話を事前に聞かされていた為、無遠慮に尋ねる事などせず、微笑みつつ会釈を返して父に指定された一人掛けのソファーに座る。そこで再びダニエルが口を開いた。 「先月話しておいた通り、今日からクラリーサ殿下が、我が家でホームステイされる事になった。正確な期間はまだ決まっていないが、当面こちらにいらっしゃる」 「学校も、藍里が通っている秀英女学院に編入されるから、ちゃんとお世話してね?」 「分かっているわ。任せて」  両親から決定事項を告げられた藍里は、既に説明を受けて納得してある事柄であった為、それに力強く頷いてから、左斜め前に座っているクラリーサに笑顔で挨拶した。 「日本へようこそ、クラリーサ殿下。来住・ヒルシュ・藍里です。宜しくお願いします」  その満面の笑みに、クラリーサは他人には分からない程度に眉根を寄せてから、先程と同様の優雅な微笑みを見せながら挨拶を返した。 「こちらこそ宜しく、アイリさん。私の個人的な我が儘で、ご面倒をおかけします」 「そんな事ありません! 殿下は日本語もお上手ですし、私がお世話する事なんか殆ど無さそうです」 (写真で見ていた以上に、上品な美人。声も落ち着いたアルトで、聞き取りやすいし)  思わず本音を漏らした藍里だったが、それを口にした事で素朴な疑問を覚えた。 「でも、どうして日本に留学するのに、滞在先を鎌倉にされたんですか? 日本の古典文学に造形が深いと父から聞きましたが、それなら京都とかの方が、雰囲気が味わえるかと思いますが」  その率直な問いかけに、クラリーサが笑顔で答えた。 「実はそれも考えたのですが……、色々検討していく過程で、我が国の成り立ちを考えると、京都よりも鎌倉の方に親近感を覚えまして」
/157ページ

最初のコメントを投稿しよう!