第3章 リスベラントへようこそ

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「そうすると化繊を使った物や、ミシンで縫った物は勿論、ファスナーとかも使えない?」 「そういう事になります。色々と不自由な事になるかと思いますが、慣れて頂かないと」 「……努力はするわ」  一体どんな服になるのかとうんざりしながらも、藍里は一応頷いて見せた。そして案内された先で男女に分かれて、着替えの為に用意されていた部屋に入った藍里は、担当らしき女官が「こちらでございます」と指し示した衣装を見て目を丸くする。 「ええと……、本当にこれ?」 「……はい。やはり事前に慣れておいて頂くべきでしたね」  ハンガーに掛けられていた、腰の切り替えから足先まで緩やかに広がる裾や、袖が八の字に広がっているトランペット・スリーブの簡素なドレスはまだ許容範囲内だとしても、台の上に広げられていた、一見どうやって身に着けたら良いのか、咄嗟に判別が付かない下着類を目にして、藍里の困惑度は深まった。その様子を見たセレナが、控えている女官に声をかける。 「彼女の着替えは私が担当しますので、もう下がって頂いて結構です」  幾分素っ気なくセレナが伝えると、同年代の女官はピクリと眉を動かしたものの、傍目には恭しく頭を下げて引き下がった。 「……分かりました。何かありましたら隣室におりますので、お呼び下さい」  そんな女性達の微妙な空気を、衣類に視線が釘付けだった藍里は気付かなかった。そして室内に二人きりになるとセレナは台に歩み寄り、そこにある衣類を無造作に掴み上げる。 「……げ」 「低俗ですね」  掴んだ衣類を軽く振ると、そこからボロボロと蜘蛛や何かの幼虫らしい物が零れ落ち、置かれていた台の上にも同様の虫が何匹か蠢いていた。自然豊かな場所で育った藍里は、基本的に虫の類はそれほど苦手では無かったが、見慣れない衣装を用意されていた事で低下したテンションが、この事で更に降下するのを止められなかった。 「処分させて頂いて構いませんか?」 「もうどんどんやっちゃって下さい」 「畏まりました」  一応お伺いを立ててきたセレナに藍里が即座に応じると、彼女は短く何やら呪文を唱えた。するとあちこちに散らばった虫が、極々小さい炎に包まれたと思ったら、ジュッと鈍い音を立てて燃え尽きる。
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