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そして何気なくクローゼットに歩み寄り、殆ど何も考えずにその扉を開けたクラリーサは、ガランとした中に一組のセーラー服が、ハンガーに掛けられているのを見て絶句した。
「スカート……」
紺地にえんじ色のラインが入っているそれを見て固まった“彼女”は、顔を盛大に引き攣らせてから、地を這う様な声で呻いた。
「……そうだよな、そうだろうな。これから通うのは女子高だし」
自分に言い聞かせる様に呟いてから、クラリーサは苛立たしげにクローゼットの扉を閉め、足取り重くベッドへと戻った。そしてその縁に乱暴に腰を下ろしてから、両手で頭を抱えて疲れ切った声で呟く。
「どうしてこの俺が、こんな茶番をする羽目に……」
その呟きに答える者はこの場に皆無であり、クラリーサこと本名ルーカスは、再度クローゼットに視線を向けてから、深い溜め息を吐いて項垂れた。
翌朝、目が覚めたルーカスが、嫌々ながら用意されていた制服に着替えて階下に下りると、広めのダイニングキッチンには藍里の姿しかなかった。
「おはようございます」
「おはようございます、クラリーサさん! 丁度朝ご飯の準備が済んだところで、呼びに行く所でした。そっちに座っていて下さいね! 今出しますから」
「はぁ……」
椅子の一つを指差し、テキパキと動き回っている藍里に反論する気など毛頭無く、ルーカスは素直に示された席に着いた。するとその前に、藍里が手際良く料理を並べる。
「いただきます!」
「……いただきます」
大きなテーブルに向かい合って座った二人は、挨拶をして箸置きから箸を取り上げたが、ここで藍里は、ふと思い出した様に言い出した。
「そういえばクラリーサさんは、和食や箸は大丈夫ですか?」
(今まさに食べる段階になってから、それを聞くのか……。普通ならそんな事、事前に確認しておくべきだろう? やっぱり馬鹿決定だ)
内心で呆れたルーカスだったが、そんな事は微塵も面に出さずに微笑んだ。
「アルデインにも日本料理の店はあって、日本文化を勉強する為に、そこできちんと箸で食べていたので、使うのに不自由はありません。それに大抵の食材なら、大丈夫だと思います」
「それなら良かったです」
それで納得した藍里が鮭の身をほぐしつつ食べ始めると、ルーカスがこの場に居ない二人について尋ねてきた。
「ところで、支社長とお母様はどちらに? まだお休み中ですか?」
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