1章 -惜別-

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 その部屋には机と椅子があるだけで、殆ど物が無かった。  机の上には引っ越す直前に撮られた写真が何枚か飾られていた。隅っこには小さく僕も写っている。  写真一枚一枚を眺めている内に、天野君ともう逢えないという現実をようやく実感し、その時初めて僕の目にうっすら涙が浮かんだ。  バッジは机の引き出しの中にあった。裏には天野君の番号、7がマジックで書かれている。その番号を見れば誰のバッジかすぐに分かるのだが、いつもは表にして付けているので借りたのがバレる事はまずない。  その時ふと、バッジの下にあったノートに目がいった。 【秘ネタちょう(見ちゃイヤ~ン)】  ネタ帳……。恐らく彼が生前得意だった一発ギャグを纏めたものだろうか。  もっと天野君の思い出に浸りたかった僕は、興味本意でノートを開いた。 「…………?」  初めは殴り書きの落書きかと思ったが、どうやらそれは漫画だった。  それも、恐ろしくド下手な。絵も字も汚く、とても読めたものではない。  それでも僕は、無意識に「フフッ」と笑っていた。 「おばさん。コレ、お借りしてもいいですか?」 「ええ、いいわよ。時々でいいから笑太のこと思い出してあげてね」  帰り際、玄関先で僕を見送る時おばさんはこう言った。 「できればみんなにはまだ笑太の事は言わないでちょうだい。みんながもう少し大きくなって、心も体も大人になったら仲田君の方からみんなに打ち明けてくれないかしら」  僕は小さく頷くと、バッジ、そしてノートを持って帰路についた。
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