偽りの婚約は船上で

16/25
4782人が本棚に入れています
本棚に追加
/37ページ
「それなら私は行くね。一人になりたいんでしょ」  これ幸いと言わんばかりに、戻ろうとすると再び腕を掴まれた。 「待て。だからって別に一人が好きなわけじゃない」  なんだそりゃ。 要は、話し相手になれってこと? なんで私が。 「お前さ、俺と一緒にいられて嬉しくないの?」 「は?なにその発言。自信過剰すぎてキモいんですけど」 「キモいかぁ、初めて言われたな。笑って流したいところだけど、ムカつくな」  ムカつくと言って睨んでいるけれど、全然怒っているかんじがしない。 むしろ楽しんでいるように見えた。 ……変な奴。  風が体を冷やす。 カーディガンは着れないので、二の腕をさすっていると、彼がタキシードを脱いで私の肩にかけた。  あまりにも自然なその所作に、思わず胸が高鳴った。 肩幅の広い大きな服に包まれると、まるで風から身を呈して守ってもらっているような気持ちになる。 それに、香水の匂いだろうか、爽やかで甘い、いい香りもする。  なんだか妙に照れ臭くなって、俯きながらお礼の言葉を言おうと口を開いた時――。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!