序章

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序章

 ―…カタカタカタカタ…―    一定のリズムで、ほとんどその音は止むことがなく、薄暗い部屋に響いていた。  薄暗い部屋の中には、天井いっぱいにまで積まれたたくさんの本、机、その机の上には、本や資料をまとめてあるのだろう紙の束、いす、そして、一心不乱にパソコンに向かっている一人の女性…。   カーテンのしまった、パソコン以外の光の存在しない、真暗闇かつ陰湿さの漂う空間になっていた。    ―…カタカタカタカタ…―  さらに音は続いていく…。    一つの音が続くだけで、ほかの音は一切聞こえないという、形容しがたい不気味な部屋。  部屋の主は、最後の追い上げに入ったようだ。一気にパソコンをいじる指の速度が増した。  もう、部屋の主には、何の音も聞こえてはいないのだろう。ものすごい集中力で文章を書き連ねていく。  ―…カタカタカタカタ…―カタタン!……  どうやら終わったようだ。  彼女はマウスを操作し、印刷後、ファックスしてどこかにその文章を送ったようだ。  そして彼女は机に突っ伏し、達成感と充実感に満たされていた。 「やっと、終わった……!これで、風呂に入れば、眠れる…!」  ――彼女は今話題の、ベストセラー小説家、飛鳥野 椿(あすかの つばき)こと、端田 一葉(はしだ かずは)。  締め切りを一カ月弱遅らせた、編集者泣かせの作家だ――  彼女はふらふらと部屋を出ていき、下着を持ってシャワーを浴びに風呂場へと向かった…。  彼女は風呂―もといシャワ―を終えると、ふらふらと部屋に戻っていく。  ベッドの上にも本は散乱しており、彼女は本を足元へ動かした。  そして、彼女は糸の切れた操り人形のようにベッドに倒れ込み、過労と栄養失調と睡眠不足とシャワー後の体温上昇により、気を失ってしまった。  それからわずか数秒後には、倒れてきたたくさんの本たちにより、彼女は圧死してしまったのだった…。  ――次の日の夕方、彼女の家に訪れた編集者によって彼女は発見された。  彼女の上にのしかかっていた本たちは、彼女の体を傷つけたのだろう。彼女自身の血によって、赤黒く染まっていたという――  
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