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興奮状態の木野さんはその言葉を真正面から真に受けて映像資料室の卑猥な噂が頭を駆け抜けて頭に血が上ってしまったとかなんとか。 そこまで聞いて私は頭を抱えてソファに深く沈み込んだ。 隣で課長が「ああ、あの下らない噂」と遠くを見た。どうやら知っていたようだ。 「川瀬先輩と良也が寄りを戻したと思ったら居ても立っても居られなくなって…。それに、違和感もあったんです。川瀬先輩良也に興味なさそうだったし。どちらかというと――」 木野さんは視線を良也から課長に移す。 私はその動作を見て、何か良からぬことを言われる予感に襲われ身を起そうとしたのだけれど、木野さんは先の話を続け出したので安心して再び脱力する。 それで、それまで自ら赴いた事の無かった資料室のデータを見たいので資料の探し方を教えて欲しいと言って課長を連れ出したのだった。 資料室に辿り着くと居るはずの私達の姿が見えず、当然奥の映像資料室に居ると推測してとうとう私と良也の関係が戻ったのが本当なんだと思い違いをした。 ならこっちこそ見せつけてやる。自分は良也なんかよりレベルの高い男を落として良也は勿論私にも悔しい思いをさせようと思い立ち、その場の勢いで色仕掛けに出た、というのがことの顛末だった。 何とも突拍子もない話である。 考え方がどうしてそこまで幼くなったのかがさっぱりわからない。 けれども、長い事不安と劣等感を抱き溜め込んでいた心に掛かった負担は簡単に想像できるようなものではなかったのだろう。 あれこれ悩んで寝不足と体調不良にみまわれた自分だからわかる。 すべてを話し終った木野さんは情緒不安定になって泣きはじめ、良也は唖然としたまま床に座り込んでいる。 私も予想もしなかった事実を聞かされ唖然として言葉が出てこないところだったが、幾つか疑問が浮かんで隣で一人冷静な顔をしている課長に問いかける。 「課長は木野さんが何を考えているのかわかっていたんですか?」 「…まあ、あれたけ常に川瀬川瀬って言われればなぁ。旅行のときからずっとだったし」 「旅行のときから?」 「初日の宴会の時からお前の話題ばっかりだったぞ、こいつ」 「――あっ」 「だってそれは、それ以外共通の話題が思い浮かばなかったから…」 木野さんは気まずそうに呟く。
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