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「急に言われても納得できない」
なんの色気も、ないありきたりな引き止め文句しか出てこなかった。
目の前に突き付けられた光景は否定しようもない自分の不利を表している。
けれども「はいそうですか」などと簡単に割り切ることはできない。
私と良也は上手くいっていた、はずだ。
たしかに仕事が恐ろしいほど忙しく、会う暇を作ることがなかなか出来なかったという事実はある。それでも何とか一日に一回はメールを送っていたし、良也だって私が忙しいのは付き合う前から知っていたはずだ。1ヶ月前にデートしたときは何の違和感もなく普通にカップルだった。
信じられない。分からない。冗談やめてよ。
私は食い下がるしかなかった。
けど、ただ慌てて連ねることしかできない台詞が自分には良也を引き止める武器がないことにじわりじわりと気がつかせてくる。
焦る私の心情をよそに、先ほどまで人形のように大人しくしていた木野さんがゆっくりと良也の腕に自分の腕を絡ませ、甘ったるい視線を向けてきた。
「川瀬先輩は仕事もできるし、人に甘えたりしないタイプだから一人でも大丈夫なんでしょうけど、私も杉浦さんも一人じゃダメなんです」
「私だって一人で大丈夫なわけじゃ――」
「でも、少なくとも1ヵ月間会えなくてもへっちゃらですよね。私なら寂しくなって夜中でもなんでも会いに行っちゃう」
だから川瀬先輩は充分強いです。
私達はお互いを必要としているけど、川瀬先輩には杉浦さん――良也さんはそこまで必要じゃないように思えます。
言い切られて言葉を失った。
言いくるめられた訳じゃない。けれど自分がわからなくなった。
私は良也がいたから辛い仕事も頑張れた。疲れたときに優しくしてもらうのが嬉しくて、会うたびに甘えていた。でも、事実忙しさを理由にデートが1ヵ月に1回でも問題なかった。それしか会わないのに関係が保てることを誇りに思っていたくらいだ。
それではいけなかったのだろうか。
良也は絡みついている腕を引き剥がそうともせずに、私に向かって言い捨てた。
「そういうことだから。俺はお前と別れる」
唖然とするしかなかった。
もう何も言い返せない。
言ってやりたいことなんて山のようにあった。納得なんて全くしてない。別れたくなんてない。まだ一緒にいたい。
けれども私の唇は引き結ばれたまま動こうとせず、良也と木野さんが立ち去るまで一人椅子の上で凍り付いていた。
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