第1章

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大岡川沿いの桜が、春の訪れを教えてくれる頃になっても、相変わらず 同じ話を何度も何度も繰り返す母。 繰り返される その話はいつも 父からの"ありがとう"だ。 父の伝えた 母への"ありがとう"は、母を消そうとする病気に勝る 圧倒的な力で、母の『心』に刻まれている。 子供達を産んでくれた感謝。 日々の美味しい食事への感謝。 子供達を育ててくれた感謝。 頼んだ品を病院に届けてくれた感謝。 不甲斐ない自分と添い遂げてくれた感謝。 私は今まで聞いたことがなかったが、私の結婚で"紅毛碧眼の息子"が出来たことも、ワタシのお陰で『珍しい経験をさせてもらった』と感謝していたらしい。 確かに、私よりはるかに英語が堪能な父と、うちの旦那はウマが合った。 きっと似ているところがあったのだろう。 ワタシは病気が母を消してしまうことをずっと恐れて来た。 でも 母の『心』に刻まれた、"家族"は、まだまだ 病気には消されないようだ。 その日、ワタシは母に 餃子が食べたいと言ってみた。 母の作る餃子は、子供の頃のそれとまったく同じ味がした。 食べながら、私がそちら側に行くまで、父とは会えない悲しみも、母の病気も"なんとかなること"に変わった気がした。 これからもワタシは、青い眼をした旦那と、やっと出来たかわいい"妹"。ちょっとへそ曲がりな弟に、父と生まれ変わりのようなタイミングで家族になった 姪っ子。 そして、家族を愛していることを 病気になっても なお全力で示してくれている母と、この赤い電車の走る街で生きていく。
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