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ふたりで優志の少ない荷物をほどいて整頓するのに,わずかな時間しか必要としなかった。
「冬物とかは船便のコンテナで届くし…。あぁ,優が注文したパソコンが発送されたって今朝メールが入っていたよ。届いたら優が組み立てるの見てみたいけど,いいか?俺も来年あたり新しいパソコンを手に入れたいしな…」
「ん…いいよ」
「工学部の彼氏がいると,こういう楽しみがあるんだよな…」
「……」
「どうした…?」
ブライスは優志の頬にそっと手のひらを当てる。優志がぴくりと身体を揺らすのに気付かぬふりをして,唇に軽く音を立ててキスをして,離れた。優志の表情は固まっているが,ブライスは優しく微笑んでみせる。
ふたりの関係を示唆するような言葉を聞くたびに優志が反応する。ブライスはそのひとつひとつ傷ついた。恋人として触れようとすると身体を硬くするのにはもっと傷ついた。
傷ついていたが,それで腹を立ててしまってはふたりの関係自体が崩るれてしまうような気がして,敢えて取り合わないことにしていた。
ふたりに濃密な関係があったことは事実なのに,これからもあり続けるという確証は無い。
婚姻証明を取っておくのだった,せめて婚約指輪を交わすべきだった,と悔やまれてならない。ブライスにはそうする意志があったのに,優志が両親にカムアウトしていなかったことを理由に先延ばしにしたのだ。
「さぁ,カフェテリアに行って,それから詳しい講座の情報があるか見に行こう」
大学構内の中心部にある,理工学部系の院生が良く利用するカフェテリアに入った。6月も半ばだと,学生はかなり少ない。それでもブライスを見ると声をかけてくる者が何人かいた。中には食事を一緒に取ろうと誘う者もいる。
「やぁ,ブライス。一緒に食べないか?」
「ああ,連れがいるんだ,マット。向こうで会おう」
「…あれ,留学生かい?ブライスと同じ研究所にいるマット・ジャコーニ,よろしく」
濃い金髪の毛先がくるくるとあちこちを向いている。青い目が遠慮無く優志を捕らえて,何かの解析にかけているかのように注視している。
「日本から来た,ユウシ・ササキです。よろしく…」
マットから差し出された手を形式的に握ってすぐに手を引いた。
「…ハーヴィッツっていう准教授が指導してたのって…君?」
「え…,あぁ…そうですが…」
「ふ―ん…」
「じゃあマット,あとで会おう」
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