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ブライスは優志の肘をそっと支えて進む方向に向けた。優志は身体は向けたが足を運べず,結局ブライスに腕を引かれて奥へと進んだ。
ブライスは根気強かった。優志が抱えているものが何なのか,うっすらとは気付いてた。しかし,自分からそれを優志に突きつける気は無い。
―優志から言うのでなければ,意味がない。俺に打ち明けるまで待つことなど,何でもない。俺は決して優志を失いたくないから…
目の前で,ミネストローネをつついてばかりいる恋人を見つめていた。
―ただ,優志が悲しい思いをしているのを見るのは辛い…。俺にできることは何だろう…
工学部棟に行くために,ふたりは大学の中心にある,大噴水のある広場を横切った。ブライスがふと横を見て優志の肩をつついた。
「ほら,優,レーニア山が見える…」
噴水の向こう側に広場から東に伸びる通りが開け,噴水の上に見事な山が見えた。緑深い麓に険しい岩肌がせり上がり,山頂には氷河が俗なものを拒んで純白に煌めいている。
3年前の夏の日が思い出された。優志とブライスが初めて結ばれた日だ。何も怖いものがなく,優志はまっすぐにブライスの胸に向かっていったのだった。
思いがけず甦ったそのときの気持ちのまま,優志はブライスを振り返った。この夏シアトルに来てから,初めてブライスを真っ直ぐに見つめた。
―…っ,優…
あの日と同じ眼差しが戻っているのに気付いて,ブライスは優志を抱き寄せた。大切な人が帰ってきたように感じて腕に力が入った。嬉しくて,ブライスは恋人の肩口に顔を埋めた。
「…ライ…ス,…ブライス,離して…」
優志が逃れようともがいている。遠巻きに見て笑う声が聞こえる。
「あ…,優,ごめん…」
ブライスはぎこちなく腕を緩めた。するりと優志が抜けて,反対方向を見てしまった。
「早く…行こう」
「ハーヴィッツ准教教がとても熱心にこっちへの入学を勧めてたって,他の教授から聞いたよ。ユウシは優秀なんだね」
工学部の宇宙航空工学の研究室で,優志を見た途端,マットが高らかに声を上げた。
「実質,優志の指導教官だったから,評価が高いように聞こえたのかもな」
優志の代わりにブライスが静かに答えた。
その陰で優志の顔色は青ざめていった。
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