151人が本棚に入れています
本棚に追加
「優志は元からここに来るつもりだったんだ。別に准教授の勧めだからじゃない」
溜息をつくように,マットの顔も見ずにブライスが答えた。何か情報が貼られていないかとホワイトボードに近づきながら優志の顔を見た。
「優…気分でも悪いか」
「いや…」
手早くボードを見てブライスは優志と部屋を出て行こうとした。
「ブライス!今日やる予定だった作業はどうする?」
「ああ,マット,あとで。今後の計画も少し変えたいから…4時にここでいいか」
「わかった。データの入力を進めておくよ」
「いや,俺のはいいから自分のを進めておけ」
研究室を出て,棟の誰もいない出入り口付近のインフォメーションも見た。
「…あった,優志が取る夏季講座。7月第1月曜日スタートで3週間。准教授2人と助手1人で担当,これは変更がないな。准教の一人ハーヴィッツ先生とのコンタクトは7月中旬から取れるって書いてある。その頃帰国するってわけか。…優,おい大丈夫か?」
優志の顔色を見て,ブライスは優志の両腕を掴んだ。
「…ん,…環境の変化で疲れが出たんだと思う。寮に戻って横になるよ」
「一人だと心配だな,優。せめて元気になるまでうちに泊まったらどうだ」
「…いや,いいんだ。一人で休みたいから俺はこれで帰る。ブライ…いろいろとありがとう,明日また」
取り付く島がなかった。優志が身体をよじり,ブライスの腕を外して踵を返しそうになった瞬間,ブライスは優志の身体を抱きしめた。そのまま優志に口づけた。少しだけ舌が合わさったが,絡めることなくブライスは唇を離し,優志の耳元に唇を寄せた。
「愛してる,優。…もっと俺を頼れよ,俺たち…恋人だろう」
そんな風に言ったら,公共の場でそんな風にしたら,優志が硬直してしまうのはわかっていたが,ブライスは我慢できなかった。優志がシアトルに来て4日経っていた。
そうしようと思った訳では無かったが,ブライスの声は優志が聞いたことがない程に切なそうに響いた。優志はゆっくり目を閉じた。腕をゆっくり上げて,弱々しくブライスの腰に廻した。
「ブライ…」
「優…」
「…ごめん,…俺,本当にごめん…」
廻した腕が,ぱたりと優志の脚の横に落ちた。ブライスは顔を離して優志を見た。優志の伏せられた目の睫毛が水分を湛えて潤んでいる。
「…なぜ…謝る」
最初のコメントを投稿しよう!