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湖に出る。
優志にとっては2年前の夏に来て以来の湖だ。心を許し合っていたふたりが情熱的に過ごしたあの夏を想って,優志は心があわ立つようなうな気がした。
湖の定位置に辿り着いた。北から東にかけてローレルハーストの半島がせり出している。西に大学の数々の建物。太陽の残照に輪郭が優しく浮かんで見える。南にエヴァーグリーン・ポイント橋。車のライトが橋の湾曲線に沿って進む様は見飽きない。
これから夏に向かう期待をはらんで,シアトルは浮き足立つような雰囲気をまとっている。
「でも湖上はまだ寒いからな。優,船底のマットの上に座って…」
そう促して,ブライスは優志の後ろに回り込み,ふたりいっしょに毛布でくるんだ。その中で優しく優志を抱きしめた。少し身体を硬くした優志もしばらくすると緊張が解れて,身体をブライスに預けていった。
―温かいな,ブライ…
「…優,はやぶさ2のこと,教えて…」
「え,あぁ…はやぶさ2は,順調に小惑星リュウグウまで飛行したんだ。条件のいい着陸地点を探して2度地表に着地を試みて…」
ブライスの両手は優志の腹部で組まれていたが,今は腹と腰をゆっくり往復していた。
「優,キスしたい…」
「ん…?」
優志が右を向くとブライスの右手が器用に毛布からのぞいて,優志の顎を捕らえた。右に傾いだブライスが優志の唇を求めてゆっくりと接近する。お互いの吐息を感じるところで訊いた。
「いい?」
「…んっ」
ブライスの深く厚みのある声が,掠れて優志の耳に届いた。周囲は暗く,聴覚が敏感になって,ブライスの声は堪らなく刺激的に聞こえた。優志は自分の身体が震えるのを止められなかった。
ブライスは接触の瞬間を味わうように唇を寄せた。唇の外側,内側との境目,粘膜の存在と順に進んで舌も舌の裏側も上あごも,全てゆっくりと味わった。唇の合わさる音と,湖の波が立てるちゃぷちゃぷという穏やかな水音で,優志の頭の中は温かく湿潤な想いで満たされていった。
きゅうっと強く優志の口を吸って,ブライスは唇を離した。優志の顔はぼんやりとしか見えないが,蕩けるようになっているのがわかった。相手の腕に手を回し,自分の脚の間で優志を横向きにさせた。優志は顔をブライスの胸に預けて目を閉じた。
やがて規則正しい寝息が聞こえてきた。
ブライスは恋人の身体を包んで,さらさらとした髪の毛に唇を当てた。
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