湖の約束 3

2/102
150人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ
飛行機が着陸態勢に入る前に,機長がシアトルの快晴を誇らしそうに告げていたのを,優志はぼんやり思い出していた。 予定より20分ほど遅れて到着したシアトル・タコマ空港は,日本の6月とは比べようもなく青空が清々しくて,いっそ嵐だったら良かったのに,と優志は苦々しく思った。 飛行機から降りようとする乗客達の気持ちばかりはやって,なかなか列が進まない機内から,ボーディング・ブリッジに出た途端人々の歩みは速くなる。 弾むように歩く親子,スマートフォンに目をやりながら急いて歩くビジネスマン,観光に向かう興奮気味の年配のグループ。優志のように留学する学生もちらほらいる。 優志の足取りは重く,ほとんどの乗客に追い越されてから入国審査に辿り着いた。 大学院で学ぶ長期滞在になるから,大学院の合格通知やら留学ビザ,滞在先,身元引受人の証明などの提出を求められ,係員から留学目的を具体的に尋ねられた。 書類にも応答にも不備や不明なところは無く,処理はスムーズに進んだ。 あっけなく審査の終了を告げられた時、まだここにいなければならない何かがあるのでは,と優志は係員を見つめてしまった。 「進路はあちらですよ,ミスター・ササキ」 審査の女性はにっこり笑って指さした。 預かり荷物受け取りには乗客が2,3人ほどしか残っていなかった。巨大なハードスーツケースとソフトスーツケースが2個,荷物用ターンテーブルから下ろされていた。大柄な黒人の係員が,優志を見て優しく微笑んで促した。 「ありがとう」 係員が離れてからも,優志は荷物を見つめてじっとしていた。残されたことは,振り向いて出口に向かうことだけ。 ―大丈夫,…大丈夫だ。普通にしていろ。俺が動揺しなければいいんだ… ゆっくりと振り向いて,スーツケースを引き始めて一旦止まり,やや俯いて唾を飲み込もうとした。実際には喉が乾きすぎていてどうしても飲み下す事が出来なかった。 「優ーっ!優志!ああ,やっと来た!」 顔を上げると,出口で声の主が大きく手を振っていた。くしゃくしゃに破顔して,今にも受取所のエリアに入って来そうな勢いだ。 「…ブライ…」 優志の唇から,やっとその名前がこぼれ出た。振り向いたときから気が付いていた。彼がそこにいることに。けれど自分の反応の予測が付かなくて,向かって行くことが出来なかった。
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!