湖の約束 3

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ふたりは,週末をハーレー家のゴールデン・レトリバーのボウを連れてジョギングしたり,テニスをしたり,大学に残っている学生が練習するスポーツを観たりして過ごした。 ブライスは半ば強引に優志を家に連れていき,アセナの手料理を食べさせ,夜はゲストルームのベッドで添い寝をした。  申し訳なさから優志は添い寝されることに抵抗した。しかしブライスの胸の中に収まると夢を見ずに深い眠りにつける。有無を言わさずベッドへと追い詰めるブライスに抗いきれず添い寝を受け入れ熟睡を享受した。  夏季講座が始まった。宇宙航空工学に特化されて,受講する学生は主に米国人ばかり10人余りと少なかった。敢えてボーイング社創設の地を選んだ学生には熱意があり,優志は若干畑違いの航空機を扱うこの講座にすぐさま集中した。  講座は朝から昼を挟んで午後3時に終わる。優志は1時間ほど受講者用に用意された工学部の自習室で復習したり,他の受講者と交流する。どうしても理解しきれない箇所をブライスに訊くために工学部を訪れることもあった。この時期,その時間まで工学部の研究室に残っているのは,ブライスとマットくらいだった。  夕方ふたりで少し運動して夕食を取り,夜はブライスが寮に行って優志が眠るまで狭いベッドで添い寝した。  優志のうなされ声を聞いたという理学部の院生が,夜中に寮を出て行くブライスに声を掛けてきた。見知った顔だった。 「ボーイフレンド効果てき面だな。あんたのおかげでよく眠れているよ…。しかし,あいつ日本でどんな虐待受けてたんだよ。いや,イジメか?」 「…虐待かイジメと思うのか?」 「ああ,…あのうなされ方は,虐待だな。やっぱり…親か?」 「いや,分からない」 ―虐待…ハラスメントか…  ブライスの頭で,いやな考えが徐々に形をなし,追い払うことができなくなった。   優志は少しずつ食欲を取り戻した。 表情も明るくなり,声を出して笑うことさえあった。 「愛の力は偉大だね」  優志が研究室を出ていくと,マットが残念そうに言う。 「でもまだ俺にもチャンスあるよね,だってブライス,してないでしょ,あの子と。俺にはわかるんっ…わっ」  マットの頭上をかすめて航空機雑誌が飛んでいった。
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