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講座2週目の木曜日,講座を担当する准教が伝えた。
「来週はもう一人担当者が増えます。3年間日本の大学で指導してきたハーヴィッツ准教授です。専門は宇宙航空工学のロケット開発なんですが,航空機にも詳しいので,皆さんは成層圏を飛行する高速航空機の,垂直着陸について研修することになります」
その日の残り,優志はブライスに会うことを避けた。ブライスがようやく寮で優志を捕まえたときは,この2週間で取り戻した明るさは微塵も残っていなかった。そして添い寝しても優志は朝方までついぞ熟睡することがなかった。
ハーヴィッツの帰国についてはブライスも金曜日の午前中に聞かされた。それまで迷っていたが,決心して誰もいない研究室でスマートフォンの通話アプリを開いた。相手の英語力を考慮してブライスが出来る限り日本語を使った。
「―やぁ,久しぶりだな,遼。」
―ブライス,元気か!優志はどうしてる?
「優志は頑張っているよ。講座で疲れているけれどね。実は,訊きたいことがあって電話したんだけど…。優志は,ハーヴィッツ先生と仲が良かったかな」
―ハーヴィッツ先生は,かなり熱心に指導してくれていたから,優志と仲良かったと思うよ。何で?
「優志にだけ熱心だったのかな?」
―いやぁ,そうは思わないね。親切な人で,みんなに優しかったよ。でも,優志は卒論も留学もハーヴィッツ先生が担当だったから接触時間は他の人より長かったと思う。
「プライベートではどうだった?変なことがなかった?」
―ああ,そう言えば,去年の冬ハーヴィッツ先生が俺に,ブライス,君のことを訊いてきたんだ。不思議には思ったんだけど,俺たち3人が知り合いになったいきさつを伝えたよ。
「それじゃ,俺と優志が知り合いなのも知っているんだな」
―そう,ブライスは来日して優志のところに泊まったからね。…ボーイフレンドだとは言ってないけど。
「なぜ俺のことを知っていたんだろう」
―ワシントン大工学部の院に,プリンストンから来た優秀な学生がいるって。日本にも来たことがあるらしいね,って言われて…。すぐにブライスのことだとわかったよ。なぁ,俺,何かまずいこと教えちゃったの…?
アプリを閉じたブライスの顔は,苦渋に満ちたものだった。
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