湖の約束 3

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午後5時,優志は工学部の研究室には姿を見せない。 ―今日も俺に会うつもりはないのだろうか。あとで寮に行くか…。  研究室にはブライスしか残っていなかった。マットでさえ5時前に研究室を後にしている。 「なんか辛気くさいからな~。俺の高級イタリア車を飛ばしてドライブはどう?エジプト人御者ならいつでも歓迎だよ」 「30年以上前に製造されたフィアットなんて,エジプト人御者には小さすぎるよ」 「けど,丈夫だぜ。小綺麗な日本車なんかだと壊れてしまうさ」  ドアを出ながらそう言ったのは,マットなりの思いやりなのだとわかっている。優志のことを,ジョークにしてこんなに明るく話題にできる奴はいない。  ブライスは翌週のことを考えるために,研究室の隅に置かれた古いソファに腰をかけた。仙台で優志に起こったことを推測し,それを確かめる術を思案し,これからのことを思う。いくつもの感情が込み上げてきて,どうにもコントロールできなくなる。 ー冷静に考えなくてはな…。でも,ああ,優…お前を抱きしめたいよ。ただこの腕で抱きしめたい…。  ブライスはうとうとし始めて,ソファの背もたれの上に頭を預けた。ここ2週間,優志の添い寝で自分の睡眠時間は短くなっていた。特に前日は優志と共にほとんど眠れていない。ほんのちょっと休もう…そう思って瞼を閉じた。 ―…熟睡…してたのか…  どのくらい眠ったのかわからなかったが,徐々にブライスの意識が覚醒しつつあった。 薄暗い研究室で,瞼を開かなくてもコンピュータのモニターに次々と閃光が生まれているのがわかる。宇宙ステーションから見える地球だ。地球が通常より高速で回転して,日の出も日の入りもあっという間に過ぎ去るスクリーンセイバーだ。  ふいに下腹部に心地よい感覚が生まれた。 「…んっ…」  戸惑いに瞼を開き,のけぞらせた頭を少し起こした。視界の下方,開いた両脚の間に,ふわふわした固まりがある。モニターの灯りに反射して煌めくのが見えた。  金色…?,と認識しかけたとき,3分の1ほど開いたドアの外から,ことっ,という硬質な音と人が息を呑む音が同時に聞こえた。 ―優っ!  状況は全く分からなかったが,ドアの陰に優志がいることを確信した。ブライスは両手で金色の固まりを掴んで股間から引き離した。 「いってぇ!」
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