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叫ぶ固まりをソファに放ってドアに突進すると,廊下にいた影も出入り口に向かって駆け出した。
去っていく足音を追いながら,走りにくさを覚えてブライスは腹に手をやった。Tシャツの端は何度も折りたたまれてへそが出ていたし,ジーンズの前が全開だ。
「くそっ!」
走りながらジーンズのファスナーを上げ,ボタンをはめた。下着までは下ろされていなかったことに安堵した。Tシャツの裾はそのままにして加速すると,影は出入り口に立っていた。荒い息をしてブライスの方を見ている。
「…優…,あれは違うんだっ…」
近づきながら話しかけた。僅かに声が上ずった。慌ててTシャツの裾を引っ張り下げた。
「ブライ,俺,のぞき見するつもりじゃなかったんだ。俺,ブライに話しがあって…」
「…何だ?」
「すぐ済むから,外に出よう…」
工学部の出入り口のそばに,街灯が立っている。夕闇の中で優しいオレンジ色の灯りを放つその下に,ふたりは立った。
「優,さっきのはあのバカ野郎が勝手にしたことで,俺は…」
寝ていた,と言ったところで誰も信じる話では無い。マット本人が言うのでなければダメだ,ブライスはそう気づいて言葉を止めた。
「そう,…マットが勝手にやったのかもしれないって,わかるよ」
「…え?」
「マットはブライのこと,好きなんだよな。その…ゲイなんだろ?」
「何で今そんなこと…」
「良かったよ,ブライのことを好きな人がいて…」
「何が言いたいんだ?」
ブライスは優志の顔を正面から見据えた。優志はその視線に耐えてから,ブライスの胸元を見つめた。
「ブライス…,俺たちの関係を…解消してほしい」
ブライスはわななく優志の唇を見つめて,来たか…と思った。みぞおちがぎゅっと縮まって痛い。しかし,話している当人も辛いことを忘れてはならない,と思い直した。
「優,これは『すぐ済む』話なのか?」
「簡単だよ…。ブライスが同意すればそれで…」
「同意できないな」
こういう話を立ち話で済ますなんて馬鹿げている,と思った。
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