湖の約束 3

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「ブライスには何の非もない。俺が…俺が君の恋人としてふさわしくないんだ。恋人らしいことが何一つできなくて」 「ふさわしいとかふさわしくないとか,俺はオーディションして恋人を決めてるんじゃないぜ。好きかかどうかの問題だ。そして俺は優が好きだ。優はどうなんだ?」  一瞬優志は顔を上げかけたが,ブライスの口元で視線がで止まり,再び胸元に下りた。ブライスがずっと聞きたかったことだった。聞きたくてもこわくて聞けないことだった。好きではないと言われたら…。 「…俺,一緒にいてもブライスを幸せにできないし,…何より俺が幸せじゃないんだ」  ブライスが短く息を呑んだ。 「優,俺が聞いているのは,優は俺のことを好きかどうかってことだ」  優志は更に視線を下げた。それから握り閉めていた右手をジーンズのポケットに入れて折りたたんだハンカチを取り出した。 「これ,返す…ブライスに」  初めて優志がブライスの目を見た。街灯のオレンジ色に染まった優志の目には,深い哀しみが湛えられていた。 「優,何があったんだ…何でこんなことを…」  優志はブライスの手を取ってハンカチを握らせた。 さようなら,と言って,ブライスの横をすり抜け,優志は足早に去った。  ハンカチを握り締めると,中に小さくて堅いものが包まれているのがわかった。 ほんのわずかな重みのその塊が,ブライスにはその場から動けないくらい重力のあるものに感じられて,優志の後を追うことが出来なかった。  ブライスが研究室に戻ると,マットがまだいてソファに座っていた。ブライスはマットに目もくれずに,コンピュータをシャットダウンさせる操作を始めた。 「あら,俺のこと…無視?ってことは…最悪の事態を迎えた,ということか…」 「マット,黙ってろ」 「え~,だって俺の捨て身の演出も無駄になったなんて…。もう痴話げんかも起きないんだろ。ジ・エンドか?」 「…一応聞くが,なんであんな悪趣味なことをしたんだ」 「あー,俺が帰るとき知り合いに会って,カフェテリアに行ったんだ。そしたらあの子がいてブライスはまだ研究室にいるかって訊いてきたんだよ。ひどい様子で見ていられなかったから,あの子にそろそろ本音を言わせたらどうかな,と思いついてさ。で,ブライスはラボに行ってあと10分で戻るよ,って伝えて…俺が先にここに来たってわけ」
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