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「俺が寝てなかったらどうするつもりだったんだ?」
「全裸になって抱きつく,とか?ブライスが今フリーなんだったら,本気でそれもありだよね」
「…今後俺に触ったら,お前のフィアットを湖に沈めるからな」
「え,ひどいっ」
「お前,大学のゲイ・コミュニティーに出入りしているんだろ,そこで見繕え…あ…」
「ん?」
「マット…お前に頼みがある…かもしれない…」
「頼み?デートしてくれたらきいてあげてもいいけど」
「…さっき俺の股間に無断で触ったろ,その代償だ」
優志が参加する夏季講座の3週目,ハーヴィッツ准教授が姿を現す日,ブライスは教室の隅で静かに待っていた。
優志は珍しく時間ぎりぎりに目立たないように入室し,ブライスとは反対側の席に座った。ブライスが危惧していたとおり,かなり憔悴した面持ちだ。
すぐに廊下に賑わう音がした。それまでの二人の担当者が入室し,後ろに新たに加わる担当者が続いた。背は優志より若干高い程度で,中肉中背と言って良い。栗色の癖っ毛が頭部にまとわりつき,そのまま口の周りも覆っている。優しそうな目をした,人好きのする顔立ちだ。
「こちらがジョゼフ・ハーヴィッツ准教授。これから一週間は彼の専門を研修内容とします。高速航空機の垂直着陸はこの分野の最先端ですから,皆さん,多くを学んでください」
紹介されている間,ハーヴィッツは生徒を見回していたが,それは形式だけのことですぐに探していた学生に視線を留めた。ひと際微笑みが深くなった。
優志は顔を上げない。
ハーヴィッツの視線は続いてブライスを捕らえた。ブライスはまっすぐハーヴィッツを見返した。周囲に気づかれない程度にハーヴィッツの眉根が寄せられ,そして視線を目の前の学生に戻した。
―俺の画像も検索済みか…
通り一遍の自己紹介のあと,ハーヴィッツはさっそく授業を始め,この研修のゴールと作業方法が示され資料が配られた。
物腰はあくまで柔らかく知的な眼差しが魅力的だと言える。正体を表さなければ,惹かれる生徒もいたことだろう。
―優志にとっては実質,担当教官だったし…
学生がコンピュータを使って演習を始めると,指導教官たちは学生の間を見て回り始めた。
ブライスは一足先に優志の元に移動し,演習作業を見守った。ハーヴィッツも優志のいる場所にきた。
優志の肩が小さく震えた。
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