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翌朝,ブライスは講座が始まる前にスミス准教授の部屋を訪れた。
「そうか…正直,ほっとしたよ。昨日,ハーヴィッツ君がジョーンズ君のサポートはもう不要だから入室させないように言ってきてね…。ああ,君の要望通り今日1時間程いる分には問題ないよ。今までの協力に感謝するよ」
正直そうな准教授からは,あまりハーヴィッツと関わりたくない雰囲気を感じる。それはそうだろうな,とブライスは納得して部屋を後にした。
ブライスは学生用の出入り口で優志を待った。憂鬱な表情をした優志が姿を現したのは講座が始まるギリギリの時間だった。
ブライスは優志と肩を並べて教室に向かった。
「今日,1時間くらいいたら退出するよ」
「ん,わかった…今まで心強かったよ」
「夕方復習するわけだし,心配ない」
ブライスは優志の肩を軽く叩いた。優志が感謝の眼差しでブライスを見た。
―この距離感…不思議な感覚だ。あんなに深く愛し合った仲なのにな…
講座が始まる前に,スミス准教授がハーヴィッツに二言三言話すと,ハーヴィッツは小さく頷いて話し始めた。
前日の午後の演習で入力した数値を,航空機の垂直着陸の軌跡として画像化する手順を説明していた。学生が前日作ったグループで作業を始めると,予想通りハーヴィッツは優志のそばに来て言葉をかけた。自然な動きで手を優志の肩にかけ,確認するような仕草で優志の顔をのぞき込んで,それから離れて行った。
優志の唇は硬く結ばれて震えた。
―優,嫌なことは声を上げて阻止するんだ。自分で行動するんだ…
ブライスが乱れる気持ちを抑えて教室を出ようかと思った時,突然その騒ぎはおこった。
「何だ,この画像,軌跡が不安定だ」
「こっちは着陸地点が大きくずれてる…昨日試したときは大丈夫だったんだが…」
「どうして…何か不具合が生じた…?」
優志のグループから,混乱する二人の学生の言葉と優志の小さな呟きが聞こえた。自分のモニターを覗く優志の顔がみるみる青ざめていく。
たまたまそこにいた助手が,優志を脇によけてグループのデータを確認し始めた。数分後,助手はグループに告げた。
「…何らかの不具合があったようだ。昨日保存したデータファイルも壊れている。…残念だが,数値をもう一度入力するしかなさそうだ」
「ええっ,これ30分はかかるのに…」
学生ふたりは怒りとも諦めともつかない表情を浮かべた。
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