湖の約束 3

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もう,引き返すことも隠れることもできない。一瞬目を閉じて,それから歩き始めた。 大きなスーツケースを2個引いている。思うようには進まず,出口まで20メートルほどの距離がなかなか縮まらない。 ブライスは出口にいた係員に何かを言っていた。動作からして荷物の多い友人を助けに行っていいか,というものだったのだろう。係員は首を横に振りながら自分が優志の方に駆け寄ってきた。 「手伝いますよ」 「あ,ありがとうございます…」 一つスーツケースを引き受け,係員は両手で押してあっという間にブライスの横まで移動した。係員に感謝してスーツケースを受け取ったブライスが,優志の方に顔を向けて待っている。 一歩一歩ブライスに近づく。 サンドベージュの髪の毛が美しく整えられている。夏が近づくと陽に当たることが少しは多くなるのか,髪の毛の色が抜けてくる。 ―出逢ってから4度目の夏を迎えるんだな。ずっと同じ気持ちでいられると思っていたのに… 押していたスーツケースがブライスの手の届くところまできた。ブライスは待ちきれずにスーツケースを引っ張り,優志に近づいた。さっきの係員は大目に見てくれているのか,何も言わなかった。 「優,疲れただろう…」 いつも優志に向けてくれる,慈しむような眼差しだ。 ―変わらない,ブライスは何も変わらない… ブライスが優志を抱きしめようと両手を差し出した。優志は指一本動かさずに立ちすくんでいた。それでも優志がブライスの目に視線を合わせると,ブライスは嬉しそうにして優志の両腕に優しく自分の手を添えた。 「やっと会えた。随分待ったよ」 優志はブライスの肩口に視線を落とした。 「待たせて…ごめん。何だか具合が悪くて…」 「…トイレに行きたいか?」 「いや,そうじゃないんだ,そうじゃない…。横になりたいんだ」 「じゃあ,早く家に行こうか…」 「お願い…そうして…」 そっと優志の腕から手を外してから,ブライスは茶目っ気のある表情を作り快活に言った。 「母がいろんな肉料理を作って待ってるよ。残念ながらモロヘイヤのスープもあるけどな」 優志はクスッと,少しだけ笑った。その笑顔にブライスは心底ほっとした。 車の中ではほとんど話さなかった。飛行機は過ごしやすかったかとか,そんなものだった。
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