151人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ,ブライス,ほら…」
マットの視線を追うと廊下の先に優志がいた。ゆっくり向かってくる。顔色は良くないが,目を伏せることなくまっすぐ前を見ている。ブライスも近づいていった。
「優…,中に入っていけるか?」
「大丈夫。ミスの原因もあらかた推定できたから,きちんとグループのメンバーに謝罪する。そしてもう一度やり直させて欲しいって,頼むよ」
「俺も一緒に行こうか?」
「ありがとう,でも,俺一人でやりたい…」
優志の目には今では強い煌めきが戻っていた。
「助手とマットが手伝って,再入力は終わっている。あとは今日の演習を始めたらいい」
優志が少し驚いてそれから安堵の表情を浮かべた。
「ああ,すごく助かる。ありがとう,マット」
「いいえ,どういたしまして!」
「ブライ,俺,行くよ…」
「ああ,忘れるな,俺たちが追求するのは科学を具現化する技術だ。常に冷静であれ。…優の心を乱す者に邪魔させるな」
「…わかった。じゃ…」
優志は引き締まった表情で教室のドアをノックした。
「ブライス,ユウシにはあんなかっこいいこと言うんだ…」
「優志は本当は俺よりずっとかっこいいんだ。つきあい始めた時の優志は,俺のヒーローだ」
「信じられないな。何で今みたいになっちゃたのさ。ハーヴィッツと何か関係あるの?」
「どうかな…」
「ふ~ん…ところでさぁ,何でブライスの服,濡れてるの?そのハーフパンツとかTシャツとか,前が濡れてるよ」
「…ちょっと暑かったからな,冷やしてた…」
「はぁ?」
夕方,ブライスは夕食になるようなものを手にして,レイク・ハウスのエントランスの階段に座って小一時間ほど本を読んでいた。寮に出入りする学生は少なく,本に集中できる。
自分に近づく足音がして顔を上げると優志だった。疲れたような顔をしている。でも穏やかな表情だ。何より,正面から自分を見ていることにブライスは希望を感じた。
「…タフな日だったな。演習はうまくいったか」
立ち上がりながら,ブライスは自分を見つめる優志に安堵と愛しさが沸き上がるのを感じた。
「ブライ,俺,本当に感謝している。きちんとグループの学生に謝ることができたし,入力を済ませてもらっていたから,今日の演習ができた。グループで今日の分のレポートも提出できて,遅れは取り戻せたよ」
最初のコメントを投稿しよう!