湖の約束 3

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「先生,あたなが日本で俺にしたことは,…ぼ,暴力です!」 「…何を言うんだ,私は何一つ暴力的なことを君にしていないよ。君だってよさそうにしていたじゃないか。抵抗しているようには見えなかったよ」  そこだ,と優志は思った。ずっと負い目に感じてた…,騙されてはいけない,優志は奥歯を噛みしめてから,ゆっくりと言葉を発した。 「いいえ,言葉巧みに俺を追い込んで,俺がブライスのことを恋しく思うように仕向けて,先生は俺を…」  その先の言葉を言うのは,相手を糾弾する以上に深く自尊心を傷つける。 「…俺を,レイプしたんです」  ハーヴィッツは眉一つ動かさず,穏やかな表情のままだった。 「だって,君,私に感じて,射精してたよ,私の手の中に…」  薄く笑っている。優志はカッと頭に血が上った。その場から逃げ出したくなる。 ―『絶対に,二度と,彼の,思い通りには,させない』  そう,ブライスに言った…  あれはブライスへの誓いだ。  この暗闇から脱出するための宣言だ…  優志は拳を握りしめ,ハーヴィッツを睨んだ。 「…先生の言葉で,愛する人を思い描いて抵抗できなくなっていたんです。彼を思って身体が反応したんです。俺は先生にそうされることを,全く望んでいませんでした。先生と性的な関係をもちたいと思ったことは一度もありませんでした」  蘇った屈辱感が優志の唇を震わせる。その唇に塩辛い液体が流れ込んでくる。 「先生は,俺を,…レイプしたんです」  言葉にする度,心から血が流れる。 「…私のとらえ方は君とは全く違うがね。君がそうとらえていたいたなんて思いも寄らなかったし,残念だ」  明らかに不機嫌そうな声色だった。 「先生,これ以上俺に関わらないでください。今後何かあれば,俺は大学の学生課に相談します。日本でのことも隠さず言います。彼らがどうとらえるかわかりませんが,少なくとも一人の学生が先生から性的な嫌がらせをされて悩んでいるという事態は明らかになります」 「そんなことをしたら,君が騒ぎの渦中に陥るぞ。まともに研究が続けられなくなるぞ」 「それは先生も同じです」 「…っ」  ハーヴィッツが言葉を失うのを見て,優志は大きく息を吐いた。そしてそのまま踵を返した。 ―終わった…  頬からぽたぽた止めどなく涙が落ち,震えが止まらないまま寮に向かった。
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