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8月の下旬になりマットがシアトルに戻ってきた。たいていの学生は新学期に合わせて9月も半ばにならないと戻らない。マットはハーヴィッツの研究内容を,他の生徒に先んじて理解しておきたいと考えていた。
「そのファッション,磨きがかかったな。眼鏡は…伊達か?」
ブライスは,もう呆れることを諦めた。中流のストレートっぽい服装と,きちんと櫛が入れられた髪の毛、そして超がつくほど真面目に見える黒縁眼鏡。マットは話し方さえ変えていた。
「ああ,俺は凝り性だから。やり過ぎない一歩手前を意識して演出してみたよ」
「お前のことを去年から知っている俺としては,何だか…かゆいな…」
「何とでも言っていいよ。これから起こることをただ静かに見守っていて…」
ブライスは薄く笑った。
「ブライス,何だか…心配事がありそうだな…ユウシか?」
―…無駄に観察力と洞察力があるよな,マット…
その日の午後,ブライスは大型コンピュータのある研究室にいた。担当教官がコンピュータを使用した後そのまま使う許可を得て,今とりかかっている研究の資料を作っていた。
誰か話しながら部屋に入ってきた。
「失礼,私も使わせてもらうよ…や…あ,ジョーンズ君」
ブライスが振り返ると,助手を従えたハーヴィッツがいた。僅かに生じた動揺を瞬時に隠して,何事も無いかのように話しかけてくる。
「こちらのコンピュータを使ってもいいかね」
「もちろんです」
感情を込めずにブライスは答えた。
コンピュータを作動させ,二人は打ち合わせをしながらデータを打ち込んでは解析結果を確かめる作業を続ける。
ブライスは内心気分が悪かった。予定を半分に切り上げて部屋を出ることにした。
廊下に出ると,すでに夕闇が迫っていた。建物の奥まったところに配置されていたせいで,外よりだいぶ暗い。
足を進めようとして呼び止められた。ハーヴィッツだった。
「ジョーンズ君,少しいいかね」
「……」
「作業をしている君が,先月の君と余りに違うんで声をかけづらかったが」
「何か用でしょうか」
「…そんなに構えなくてもいい。もう私はユウシから手を引いているんだから。君,ユウシとどうしてる?」
「あたなには全く関係ありませんが」
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