151人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ
「ああ…」
ブライスは遅れて漕ぎ手の位置に座った。徐々に薄闇に目が慣れてきて,優志の真摯な表情を読み取ることが出来た。
「話というのは…」
どこから話すべきか,考えていなかった。
何をどう取捨選択するか,決めていなかった。
しかし,すぐに思い直した。今の優志なら,整理できていない話も適切に理解するだろう。
―取捨選択は不要だ…。隠し事は良い結果をもたらさない…。
全てを明らかにしたところで良い結果が得られるとも思えないが…
ブライスは今の状態から抜け出したかった。例え涙に暮れることになろうとも。
「今日,大学でハーヴィッツに会った…。あいつがどうして日本で俺の名を知ることになったのか,わかった…。
俺が研究室にいる優志に電話してしまって,優が『俺も愛してる,ブライ』と言ったのをあいつが偶然盗み聞きしたから。それまで,隙を見せないように気を付けていたのに…。優が俺と付き合っていると知って,ハーヴィッツが性的な対象として優に興味を持って…ついには暴力を…。
優…,全ては俺の電話が原因だったんだ。本当に済まない」
「そんな…」
「俺が電話をしたとき,…俺は,バンクーバーのディヴィー・ストリートにいた」
「……バンクーバー?」
「…ゲイストリートだ」
優志が息を呑む音が聞こえた。
「…そこで,男を見つくろって…ホテルでそいつを…抱いた。
一人になったとき,優志のことが恋しくなって,声が聞きたくて堪らなくなって,…研究室にいた優に電話をした」
「あ…」
「…それから,…12月のクリスマス前に,ポートランドのゲイストリートに行った。そこでも男を見つくろって寝た。優志があいつに…襲われたのと同じ頃だ…」
優志の呼吸が速くなっていた。
「…優,気づいていると思うが,俺は今…勃たない。6月からずっと優を前に盛らないようにしてきたから,そのせいかと思っていた。そういうふうに慣れてしまったと…。
でも今は,そうじゃないと考えている。俺が行きずりのセックスをしたことが,思いも寄らない結果をもたらしのではないか,そう,無意識に恐れていたんだと思う。
優に申し訳ないことをしていると,だから勃たないのだと思う…。
俺は,優にふさわしくない…,俺に愛想を尽かすだろ?…,俺たちは終わりなのかもしれない…,そうなっても仕方のないことを,俺はしたんだと思う」
最初のコメントを投稿しよう!