湖の約束 3

62/102

151人が本棚に入れています
本棚に追加
/102ページ
優志は淡々と勉強を続けた。午前中は語学ラボで簡単な論文を読みエッセイを書いた。午後からは図書館に場所を変え,科学雑誌やネットで宇宙航空工学関係の文献を読んだ。  夕方は走ったり泳いだりした。食欲が戻ったため体重も増えたのには自分でも感心した。  週末には留学生のためのイベントがあり,参加して積極的に情報交換をした。学部が違ったが日本人も数人いて,連絡先を交換しさっそく次に会う予定を立てた。優志はぐんと自分の世界が広がったような気がした。  寮に一人,二人と学生が戻り,言葉を交わすこともある。優志が工学部の院生だと知ると専門を尋ね,説明を興味深く聞いてくれる。そうした時間も楽しくて仕方がない。  大学と寮に自分の生活の基盤が構築されていくのを感じて,優志は充実感を得ていた。  一週間,ブライスとは全く会わなかった。昼食の時間をずらしていたし,工学部の研究室を訪れることもなかったからだ。  一度カフェテリアでマットを見かけた。心配顔で優志とブライスがどうなっているのか聞いてきたが,内緒だ,と優志が答えるとあっさり質問を打ち切った。 「今後は,人目があるところでは君やブライスに絡まないから。君たちが忌み嫌う人物に近づきたいのでね…」  そう言われても何の事やら訳がわからなかった。もしかして,胸にワンポイントの刺繍があるチェックのシャツとセンタープレスのハーフパンツ,それに整った髪型はそのことに関係があるのかとちらりと思ったが,それ以上聞くのは止めておいた。 「…じゃあ,人目のないところで会ったら,声をかけて…」  マットは満足そうに頷いて離れて行った。  夜ベッドに横たわり,目を閉じる。その日の出来事や翌日のことを考えているつもりなのに,いつの間にかブライスのことを思っている。 夜だけ思い出す,という訳ではなかった。いつも意識の底にブライスの姿がある。その上に日常のあれこれを乗っけているだけだと,優志は理解している。だから何もしていないと,じわり,ブライスへの想いが湧き出るだけなのだ。 ―好きだよ,ブライ。…どうか,堂々と俺に会いに来て…  瞼の裏で,オレゴンの山奥の川に立ち全身に目映い光を浴びたブライスが笑っている。優志はその惚れ惚れする姿を幸せな気持ちで見つめていた。
/102ページ

最初のコメントを投稿しよう!

151人が本棚に入れています
本棚に追加