湖の約束 3

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週が明け一週間が経った。優志は落ち着いていた。そう自分では思っていたが,ラボで論文の同じページを3度読んでいるのに気づいたときは,今日ははかどらないな,と諦めた。  ラボで貸し出しているビデオからSFアクション映画を選んで観たが,それもダメだった。画面は目に入ってくるが,ストーリーを追うことができない。何も考えられない。  頭がだめなら身体を動かせばいいだろうと,運動施設の周りをジョギングをした。どれだけ走ったかわからないほどくたくたになるまで走った。寮に戻り,シャワーを浴びて…優志は少しのつもりでベッドに横になった。  気がつくと外が薄闇に包まれていた。  しまった,寝てた,と時計に目をやると6時半をまわっている。飛び起きて自転車で約束の場所を目指して突っ走る。  よく考えると,この時間って,何時だったんだろう。あの時,優志は正確な時間を確かめなかった。もっと遅かったような気がする。どうか俺が遅れるようなことにはならないで,と祈る。 ―ブライを待たせたくない…絶対に。俺がブライを受け止めるんだ…  小学生みたいに猛スピードで自転車を漕ぐ。夕闇の中をライトを点けて走るそのあまりのスピードに,大学構内の道行く僅かな人をぎょっとさせ,十字路にさしかかる度に耳障りな金属音をたてた。  早く,早くと焦るうち見る間にあの桟橋に近づいて来た。自転車を桟橋の境目に横倒しにし,はぁはぁと息を弾ませて薄闇の辺りを見渡す。  誰もいない。  まだ荒い息を押しとどめながら,優志は桟橋を進んだ。後ろを振り返ったが人影は見えない。優志は大きく安堵して,同時になぜだか少し落胆して,息を整えるために最後に一つ深呼吸した。  じっとしていると波音だけが聞こえる。風が少し吹いて,優志の髪の毛を弄ぶ。湖はさざ波が立ったところに街の灯りが薄オレンジ色に反射して,ちらちらと光って見える。 ―大丈夫,あのときの湖はもっと暗かった。『この時間』は,まだだ…  胸がちく,ちくっと痛み始めた。それを深呼吸でごまかす。優志は桟橋の真ん中で板の端に座った。脚をぶらつかせて,その下で杭に留められているボートに目をやる。足下から順に桟橋の先の方へ…。  すると,一つのボートからむくりと黒い影が起き上がるのが見えた。優志の心臓がどくん,と音を伴って跳ね上がった。
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