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翌日,午前中からふたりは研究室でそれぞれの作業に取りかかっていた。ブライスはコンピュータ2台を使い,山積みの資料を繰りながらものすごい集中力でキーボードに打ち込みをしている。
その真剣な表情の横顔に優志は惚れ惚れと見入った。凄い人だ,心からそう思う。
彼の頭の中には求める形の構造とそれを表現する数式が,美しいまでに整然と並んでいるのだろう。数学や物理に長けている者が持つ世界観だ。
それを他人が理解できるように論理を構築していく。ものすごい時間と労力をかけているのに,できあがったレポートや論文は非常にわかりやすい。
ブライスと全く同じように事象を受容できたらどんなに素晴らしいだろう,優志はその想像にうっとりとした。
「優志,ブライスに見とれているな…」
振り返るとマットが入り口の壁に寄りかかって笑っている。デニム生地のボタンダウンの胸にはTommy 何とかというロゴマークが入っている。相変わらず西海岸ではあまり見かけないコーディネートだな,と優志は苦笑いした。
「…マット,俺たちには絡まないんじゃなかったっけ…?」
「ちょっとくらいは…。ねぇブライス,俺,進展があってさ」
「俺は今忙しい」
顔を上げもしない。
「あのさ,俺,彼から個人的に指導してもらえることになったんだ」
ブライスがモニターからやっと顔を上げて少し宙を睨んだ。それから立ち上がってマットに近づく。無表情でマットの腕を取りそのまま廊下に引っ張っていった。
研究室に声が届かないような所に来ると,ブライスはマットを真正面から見据えた。やはり表情は無い。
「マット,何度か匂わせた事があるのにお前はわからないようだからはっきり言う。お前が何をしようと自由だが,俺や優志の前でジョゼフ・ハーヴィッツ准教授の名前か,彼を思い起こさせることは一切口にするな。俺たちはあいつが嫌いでそれはこれからも変わらない」
抑揚のない物言いだった。それだけに,冷え冷えとした怒りが伝わってくる。
「…わかった。実は…」
珍しく真剣な表情を纏う。
「俺が彼の関心を惹くことが出来れば,新たな被害者が生まれないんじゃないかと思って…」
ブライスが意外だ,というように目を見開いた。
「お前,そこまで考えて…?」
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