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「ブラーイ,ピンチが足りないけどー」
外から台所の窓に顔を向けて優志が叫んだ。
「洗面所の棚にある…小さなかごの中に」
「わかった,自分で探す。ね,もうすぐできる?」
優志は鼻をくんくんさせて,期待に満ちた様子で台所の勝手口から中に入ってくる。
「ああ,あとは半熟卵を落として…出来上がりだ」
「いい匂い,早く食べたいっ」
優志は洗面所に行き洗濯ばさみを探して庭に駆けだした。
ブライスが食事を庭のテーブルに運ぶ。優志は庭の片方にある物干し竿に最後のタオルをかけているところだった。
シーツ,薄い夏掛け布団,大判のタオルが3枚,ふたり分の衣類,そして…浴衣。壮観だった。
「お疲れ,さぁ,食べよう」
優志がばたばたとテーブルに近づいて来た。
「上手そうっ!いただきます」
「あ…,イタダキマス」
便利な言葉だな,と言う度にブライスは思う。父も母も宗派の違いこそあれキリスト教徒だ。しかし食前のお祈りなどしたことがなかった。食事は誰かが食べ始めればそれが始まりというのが普通だった。
優志と行動すると,食事の挨拶,帰宅や出かけるときの挨拶,風呂から上がったとか何とか,お互いの行動が最小限にはわかる。簡単な言葉で作られる生活のリズムが心地よい。
と,見る間に優志が目の前のアエーシを平らげていく。今,4枚目か…?
「…ブライ,これ,上手い…。食べないの?」
口いっぱいに頬ばるその顔…。目が離せないって。
「食べるよ。フール・ミダミスはおかわりもあるから…」
そうか?と優志の目が安堵したようで,ブライスはくすっと笑った。
2年前に泊まった時にアニスが振る舞って,優志がとても気に入ったエジプト料理の豆スープだ。複雑なスパイスは控えめにしてシンプルな味付けにしたら,ミネストローネみたいだ,って言ってがっつり食べてくれた。ソーセージを加え半熟卵を落とすと,食べ盛りの優志も満足させられる。
「ほら,このナンみたいなのに,半熟卵を入れて食べると…」
優志がアエーシにかぶりつく。
「最高なんだ…」
はみ出した卵の黄身が,笑顔の優志の口の端からとろりと溢れる。それを舌で舐め取るが,取り切れずにちょっぴりくっついたままだ。
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