湖の約束 3

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 ブライスを見た。 「ブライス,相談しなくてごめんなさい。…俺,ブライスも自分も研究に専念した方がいいな,と思うようになったんだ。だから,ふたりで住むって計画を,無しにしたい。…俺,院を終えるまで一人で寮に住もうと思ってる」 「あなたたち,話し合いが必要みたいね。私は席を外すから,落ち着いて話し合って…」  アセナは優志に気遣うような視線を送ってから部屋を出た。 「…研究に専念するために,ふたりで住むことをあきらめるっていう考えが,俺には理解できない」  アセナの部屋のドアが閉まる音がして,ブライスは口を開いた。身体を優志に向け,開いた右脚をほぼ全てソファに乗せている。優志は顔をブライスに向けたが,視線はブライスの宙に浮いた右足を見ていた。 「…俺が,自分がダメなんだ。…俺,自分に自信がなくて,ブライスの足を引っ張るんじゃないかと不安で…。このままだと大したこともできない気がする。そしたら,ブライスに心配かけて結局迷惑かけることになると思う。…だから,俺,一人でいることを選びたいんだ…」 「…なぜ,俺の足を引っ張るんじゃないかと不安になる?優の卒論や大学での成績は何も恥じることがない立派なものだったじゃないか」 「この2年,ブライスの研究内容を聞いたり読んだりして,それがどれほど高度なものか理解している。俺とはレベルが違う…」 「それは俺の研究は理論が主で,数字や最新のデータを扱えばまだ実現が難しいことだってまとめられるからだ。優志が扱う探査機の開発の前をいっていなければならないのは当たり前だろう」 「…分かるよ。ブライがこのまま凄いレベルまで登り詰めていけることも…。俺は,俺はそこまでは…」  優志が両手で顔を覆った。 「わずかな才能の違いが,優を不安にするのか。それで俺への…愛情が失せたというのか」 「………」 「俺は,今のままの優を愛している。環境が変わっていくことがあっても,お互いを支え合って生きていきたいと思っている。あきらめられないね,優のことを。最後の恋人だと思っている。だから1年も耐えられた…」 「…俺は…」  優志が両手をゆっくり下げた。暗い照明のままの部屋で,優志の顔色は更に青白く瞳が闇に沈んで見えた。 「1年前の俺ではなくなったんだと,思う…」
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