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彼女は駐車場の広いファミリーレストランで旧友の朝子と話をしている。レストランの窓から三浦海岸が見える。九月
半ばの砂浜はモザイク画のようにきらめき、彼女は目をそらせた。朝子はここのところ忙しいという。パスタを慌ただ
しくすすりながら、息を吐くようにしゃべりつづけている。彼女はときおり相づちをはさみながら、雑炊に浮かぶ頼り
ない油が徐々に固まっていくのを見ている。
「与里子みたいにフランスで男前と何不自由なく暮らすなんて、あんた想像できる?」
わからないわ、と彼女は正直に言う。朝子はかつ食いかつしゃべるという調子で彼女の返事など聞いていない。朝子
の着ている本繻子の青いシャツは水面のように光った。引き締まった二の腕は少年のそれと変わらない。午前中に泳い
だと朝子は話していた。その一方で、彼女は午前中に自分が何をしていたのか、思い出すこともできなかった。
彼女はお皿の上でスプーンをもてあましている。分離したお米は澱み、重く沈んでいた。彼女は同級生の近況を把握し
ている朝子のことが不思議だった。ねえ、そんなこと誰に聞いたの? 彼女は消え入りそうな声でそう言う。
「SNS。きっと幸せなのね、あの子。自分のページを第三者にも公開してるし。ほら、見て。ところどころフランス
語の単語なんてはいちゃってさ。あんたわかる、フランス語? 自分の地所でワイン作ってるって。でもあの子が作っ
てるわけじゃないわよ」
写真を撮られることさえ苦手な彼女は与里子とその夫と思しき男性の写真、ページに書かれたフランス語交じりの文
章、楽天的な絵文字がやたらとまぶしかった。ブドウ畑の凹凸を背景にした与里子はフランスから笑いかけていた。彼
女はページをスクロールして与里子の自撮り写真をひと通り眺めた。彼女は与里子が、この人生で何かを成し遂げたの
だと感じた。それは華やかで平和な物語の結びそのものだった。それを認めたとき、彼女のどこかにちくりと痛みが走
った。その痛みは黒く、いつまでも彼女のなかで疼いた。そういえば、子どものころから与里子って世界を救いそうな
感じがあった、と彼女は言った
「そお? あたしはいつかあの子が世界を破滅させるって思ってた。ところで、あんた最近旅行した? 仕事辞めて時
間あるんでしょ? あたしはね――」
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