第1章

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  電車が入ってきた。   改札から人が押し合いへし合い出てくる。そして、次第に改札を出てくる人の数が減っていった。   人が降り切った電車内に、七十歳を越えたと見えるシズさんが座っていて、その肩を、彼女が揉んでいた。三十歳前の彼女の白い腕を、初夏の朝光が緩やかに照らしていた。 「ありがとう。着いたから、もういいですよ」   はい、と彼女は揉むのを止めた。   気持ち良さそうに肩をぐるりと回しシズさんは、ああ、とってもいいわね、と漏らす。そうですね、と彼女は窓から外を見た。 「いい天気、ですね」 「あら、あなた、天気じゃないわよ。あなたが肩を揉むのがよ」   彼女は、あ、ああ……、と顔をシズさんに戻し、微笑んだ。 「私の、揉むのが……?」 「そう。でも」   シズさんは窓の外に目をやり、天気もいいわね、という。 「はい。とても」   彼女も、もう一度、目をやった。   シズさんは目を彼女に戻しながら、この後は、何処へ? と問う。 「川崎で一人お相手する待っていると  思うので、その人の相手をしながら、そ  の後は金沢八景です」 「金沢八景ということは、あの、なんと言ったかしら、元女優さんだっという」 「江口、良美さん、です」 「そう、江口さんね。奇麗な人だったわね。今も、お奇麗?」 「はい」 「私、よく見てたのよ、あの人が出ていた映画。ファンだったの。あなた、見たことある?」 「はい」 「どの作品が好き? わたしはー」   そこに、乗客がまばらに入ってくる。 「あら、いけない。折り返しね。このままだと又終点に戻っちゃう。じゃあ」   立ち上がり、また、来週の、同じ時間に、とシズさんはいう。 「はい。わかりました」   シズさんは出口に行こうとして、立ち止まり、戻ってくる。 「江口さんに、よろしくね」   彼女は少し戸惑ったように、……は、はい、と返した。 「あ、駄目ね。そういうことで、あなた、こういうことやっているわけじゃないんですものね」   どう返せばいいか、と彼女は思案の表情になった。 「ごめんなさい」 「いえ」 「肩を揉んで貰う分の手当以上のことを、頼んじゃ駄目ね」 「いえ、そういうわけではないんですけど」 「あなた、いい人だから、つい、色々と頼んじゃいそうになるのよ」 「はい……」 「私ねー」   そこで電車が動き出す音がする。二人、あっ、という顔を見合わせ、どちらからともなく微笑んだ。
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