第1章

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「1948年6月1日から、京浜急行電鉄として、生まれ変わった、新しい歴史が、始まった。1948年、昭和22年5月、品川線と湘南線を走る全部の電車と沿線バスに、皆様の忘れ難い京浜湘南が京浜急行として6月1日から復活します、という車内ポスターが掲げられた。違いますか?」   源蔵さんは怪訝そうに彼女に向き、違わないが、おまえ、その話、誰に、聞いた? と問う。   彼女は微笑み、さあ、誰でしょう、と子供のような声を返した。 「誰といって、わしの他には、その話を知っている者は、いない筈なんだが。一体、誰が?」 「不思議、ですね」 「不思議、だな」  はい、と更に微笑み彼女は、窓の外に顔を向けた。   不思議だ、と源蔵さんも同じく窓の外に顔を向ける。   電車の走り去る音がする。夕暮れ景色が流れていく具合の色合いになり、やがて暗くなった。 数日が、過ぎる。   木々を揺らす音が聞こえる。電車の走る音が聞こえる。   源蔵さんは窓から流れる景色を見ている。横の彼女も同じように見ていた。 「もう直ぐだからな、もう直ぐ、現在になる。線路の歴史も、ようやく現在になる」 「はい」 「で、どこまで話した?」 「業務の、より一層の効率化と、お客様へのサービスの為、自動改札機を入れた」 「そうだった、そこだ、そこまで来たんだ」 「それで、その自動改札機は一九九四年、平成六年の末までに全駅、七十七か所の改札口に設置した。そして、車両のスピードアップを目指し、ロングレールの使用や、曲線の改良、車両自体の高性能化を進めてきた。その結果、通勤形電車としては初めての百二十キロ運転を開始し、同区間の最大約二分の時間短縮を実現した。で、今、現在、この京急の線路はー」   源蔵さんは彼女に向き、だから、どうして、それを、と強く遮る。 「おまえが、知ってるんだ?」   彼女は顔を源蔵さんに向け、どうして、でしょうね、と悪戯っ子のような声を出した。 「誰だ? 誰に、聞いた?」 「誰、でしょうね」 「不思議な、もんだ」 「不思議、ですよね」 「でも、まあ、いい。そんなことは、どうでもいいよ」 「はい。でも、お爺さん」 「何だ?」 「どうでもいいんですけど」 「だから、何だ?」 「長生き、して下さいね」 「ああ、そのつもりだ。どういうわけか……」 「何でしょう?」
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