第1章

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「ある時から、生まれたような、もう終りかと思っていたのに、始まりに来たような、そんな感じがしてきて、どういうわけか、これからも、ずーっと、生きていられるような、そんな感じがしてきてるんだ」 「もう終りかと思っていたのに、始まりに来たような、そんな感じ、ですか……。いい、ですね?」 「ああ、いいな。わしは、いいよ。いい、人生、だな」 「本当に、いつまでも、いい、人生、で、いて下さい」 「そのつもりだ。少なくとも、電車が、この線路が、走り続ける限りは、わしもいい人生でいられるような、そんな気がするよ」 「同い年、ですもんね?」 「同い年だ。負けるわけにはいかないだろう」   彼女は改まった様子で、これからも宜しくお願いします、と頭を下げた。   源蔵さんも同じく改まり、こちらこそ宜しくな、と頭を下げ返す。   窓の外に顔を向ける。暫く、流れる景色を眺めていた。   源蔵さんが突然に何かを思い出したかのように、彼女の方に向く。 「ところで、あんた、誰だ?」   そこに、彼女はいない。   無人の車内にポツンと源蔵さんだけが座っている。その足元に、空の瓶があった。天使が浮かび上がった、空の瓶だ。何事かが書かれた便箋が、入れられている。空の瓶だが、空ではなかった。詰まっている。おそらく、思いが。誰かの、深い思いが。 「まあ、そういうことも、ある、だろう」   源蔵さんは微笑み、その瓶を拾い、大事そうに抱え、もう一度窓の外にゆっくりと顔を向けていった。      電車の走る音は大きくなり、やがて小さくなる。   改札から人が押し合いへし合い出て来る。次第に改札を出てくる人の数が減る。風の走る音が彼方に聞こえる。   人が降り切った中にシズさんが座っていて、その肩を僕が揉んでいる。三十歳を越えたばかりの腕には逞しさと優しさが同居しているのではないか、やや恥ずかしい気持ちを持ちながらもそう思う。 「ありがとう。着いたから、もういいですよ」はい、僕は揉むのを止める。   気持ち良さそうに肩をぐるりと回しシズさんは、ああ、とってもいいわね、と漏らす。そうですね、と僕は窓から外を見る。 「いい天気、ですね」 「あら、あなた、天気じゃないわよ。あなたが肩を揉むのがよ」   僕は、……あ、ああ、と顔をシズさんに戻し、微笑む。 「僕の、揉むのが」 「ああ、とってもいいわね」 「そう。でも」
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