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 ところで、僕が書店で働くことになったきっかけはと言えば、大学の研究室の同期の花村さんが、かなりの読書好きだったからだ。  研究室で唯一の女子で、古い表現を借りれば、紅一点。  奥手な僕は、彼女をまぶしく見つめるほかなかった。  代わりに、僕は読書という新たな世界への扉を手に入れることとなった。  卒業してからしばらくの間、花村さんは僕宛てに時折メールをくれた。  メールのやり取りに長けていない僕は、数日遅れで返信をしたりしていて、そのうち、どちらからということもなく、メールは来なくなった。  時が経つにつれ、「チャンスをふいにする能力」とでもいうものが僕には備わっているんだな、と、いやに冷めた気持ちになったものだ。  例えるなら──強風の日、手を離せば飛んでいってしまうのをわかっていて、おもむろに力を緩めた手から易々と風にさらわれた風船を、ああやっぱり、と立ち尽くして追うこともせず、見送るような心境だった。  なぜ手を離してしまったのかは自分でもわからないまま、だ。
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