第1章

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 ◯  電話が鳴った。  コンビニで買ったシーザーサラダを頬張る芳乃一澄は、デスクの電話に目を向けた。  ここ数ヶ月、事務所にかかってくる間違い電話が多い。とくに深夜のこの時間帯が際立っている。  深夜だというのにピザを注文する大学生や聞き取りづらい訛りで意味不明なクレームをまくし立てる老婆など、依頼とはまったく関係ない、見当違いの電話が深夜のこの時間帯にしょっちゅうかかってくる。中には事務所を相談窓口か何かと勘違いしているタチの悪い中年女性もいたりしたので、先週あたりから深夜の電話に出ないことにしている。  無視だ。無視無視。  そもそも深夜に電話をかける依頼者なんて非常識甚だしすぎる。いくらうちが心霊現象の調査会社といっても、二四時間営業ではない。営業終了時間は午後一〇時まで。受付はとっくに終了しているのだ。  あたしが誰もいない深夜の事務所で一人遅い夕食を取っているのも、明日の朝一に提出する報告書がまだ片付いていないから残業しているだけだ。たまたま事務所にいるだけで、作業が済めばすぐにアパートに帰るつもりだ。どんなにしつこくかけようと、受話器を取るつもりは一切ない。一切ないのだからなるだけ早く諦めてほしい。と、一澄は心の中でつぶやき、プラスチックのフォークで刺したレタスを口の中に運んだ。  数秒後。  電話が鳴り止んだ。  ようやく諦めてくれたか。  いまのうちに電話線を引っこ抜いておこう。またかかってくると面倒だし。  一澄が椅子から立ち上がると、自分のバッグから薄っすらと光が点滅しているのに気づいた。  着信だった。  ディスプレイには、おそらくさっき受付にかかってきた同じ電話番号が表示されていた。  しつこいな。  さすがに携帯番号を知っているとなると、知らない相手ではなさそうだ。名刺交換した依頼人か警察関係の誰かか。受付の電話に出なかったから、しびれを切らして直接個人のケイタイにかけてくるなんて、よほどの緊急事態なのだろうか。  一澄はディスプレイに表示された受話器ボタンをタップし、電話に出た。 「もしもし? 夜分遅くにすみません。芳乃一澄さんのお電話でしょうか?」  知らない声だった。  聞こえてくる声の質感から、四〇代後半から五〇代前半あたりの中年男性だということがわかった。 「どちら様でしょうか?」 「わたくしタニザワと申します」
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