第1章

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「タニザワ様でしょうか?」聞き覚えのない名前だ。不穏な気配を感じ取り、警戒する気持ちが高まっていく。 「あの、ヤマモトサトミを覚えていますか? 高校の二年生の時、芳乃さんとは同じクラスだったとお聞きしました」  しばし逡巡した後、一澄は思い出した。  たしかにクラスにヤマモトサトミという女子生徒が高校時代に同じクラスにいた。  髪を染めて都会に憧れていた派手めな女の子だった。あまり親しくはなかったが何度か話をしたことはあるのを覚えている。 「ヤマモトは私の妻です」 「え、旦那様ですか?」  知らなかった。  サトミがいつの間に結婚していたなんて。最近は仕事が忙しいせいで高校時代の友達とは稀にしか連絡をとっていない。結婚したっていう噂も聞かなかったから、余計にびっくりしてしまった。  二三歳で結婚か。  ちょっと早いかなと思えなくもないが、地元だと入籍した友達は何人か知っているし、世間から見れば普通のことだ。ただ、歳月の流れというかなんというか、ついこないだまで高校生だった同級生が家庭を持ったと知ると、あらためて自分が大人になったのだなと感じてしまう。  けど、どうしてあたしの電話番号をサトミの旦那が知っているのか。そのへんの事情がどうしても気になる。 「電話番号に関しては社長さんからお聞きしました。今日の昼頃にそちらにお電話した際、芳乃さんが留守だと伺ったので。この時間に電話したら大丈夫だと教えてもらいました」  やっぱそうか。  一澄は腹の中で深いため息をついた。  こうまで個人情報がザルだと正直落ち込む。  勝手に社員の個人情報をどこの誰かもわからない他人に教えるなんて、しかもよりにもよってプライベートの携帯番号を教えるなんて。プライバシー保護とはなんだとあのバカ社長にいってやりたい。妙な業者からの勧誘電話が頻繁にかかってくるようになったらどう責任とるつもりだ。小さいとはいえ仮にも会社の社長なんだし、社員の個人情報はちゃんと守ってほしい。っていうか、まずひとことあたしにいうべきだろ。  わき上がる怒りを腹の奥底に沈めさせ、一呼吸置いた後、一澄は「あの」といった。 「どういったご用件でしょうか?」こんな深夜に電話をしてきたのだ。余程のことだろうと推察できる。なんだかいい予感はしないけど。 「妻が他界しました」 「え?」  一瞬、言葉を失った。
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