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璃王は屋敷より離れた雑木林の入り口に降ろされた。
男性は「失礼」と璃王に断ると、璃王のヒールを脱がせる。
ヒールに覆われていた腱が赤く切れていて、痛々しい傷口から血が滲み出ていた。
道理で痛い筈だ、と、璃王は息を細く吐く。
「靴、履き慣れてなかったんだな」
「まぁ・・・・・・」
持っていたハンカチで、手慣れた様に処置をしてくれている男性の手元を眺めながら、璃王は曖昧に返す。
普通なら、夜会に履き慣れない靴で出向く人間は居ないだろう。
だが、男である璃王は当然、今までヒールなる物を履いた事はないのだから、履き慣れていなくても仕方のない事だ。
男性はそんな璃王を訝しむ様子もなく、「これでよし」と、ハンカチの端と端を結んだ。
男性が顔を上げると、紅い目と目が合う。
「お前、名前は?」
何故、彼女に懐かしさを感じるのか解らないが、きっとこれも何かの縁だろう、と、男性は璃王に名前を訊く。
色恋なる物は元より、どんな女にも興味は持たないが、何故か男性は璃王の名前を知りたいと思ったのだ。
少しの沈黙が過って、璃王は口を開いた。
「リオン。
リオン・ヴェルベーラ」
璃王は、自分の名前を口走って、我に返る。
偽名を名乗ろうとした口が何故か本名を名乗ってしまい、璃王は口を手で覆った。
一度零した言葉は元には戻らない。
これぞ正に、覆水盆に返らずだ、と璃王は思う。
思わず本名を名乗った事に焦りを感じる璃王を他所に、男性は言った。
「リオン、か。 また、縁があれば何処かで会おう」
「じゃあな、リオン」と、男性は立ち上がって、璃王の頭をクシャッと撫でた。
頭を撫でた大きな手に不快な感情は不思議と起こらず、璃王は男性をただ、見上げる。
そして、立ち去って行こうとした男性の燕尾服の尾を咄嗟に掴んで、男性を足止めする。
男性は振り返った。
「どうした?」
「まだ、名前訊いてない」
見下ろしてくる紅い目を藍色の隻眼で見つめ返せば、男性は思い出した様に「あぁ・・・・・・」と零す。
どうやら、忘れていた様だ。
「俺は──」
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