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虹が消えていくような哀しみを三上由依埜(みかみ・ゆいの)は胸に抱きしめて、雪が降る師走の町を歩いた。
師走の町を歩くひとびとは幸福そうな表情を顔に浮かべている。
そんな笑顔さえいまの由依埜には勘に障る。
由依埜は街路樹を見上げるとチョコレート色のダッフルコートを着た肩を抱きしめて歩き出した。
由依埜が住む木造建築アパートは築三十年。家賃月八千円風呂トイレ共同のボロアパートだ。
そのアパートの家賃をは全部由依埜のバイトのお金から出ている。
「あっ。おかえりー。ユイちゃん」
「おかえり。由依埜」
由依埜を同居人が出迎える。
「……ただいま。お兄ちゃん。ただいま。シュウちゃん」
由依埜の同居人兄の三上吾郎(ごろう)にその悪友の田代周二(たしろ・しゅうじ)だ。
今日は由依埜の親友、野川百代の葬式だったのだ。
吾郎は割烹着を着て由依埜を出迎えた。
「どうだった?おばさん落ち込んでなかったか?」
由依埜 は何も言わない。
「あっ。食べるか?おでん」
「ありがとうお兄ちゃん、でも由依埜は部屋いきます」
狼狽した風の兄と周二を茶の間に置いて、由依埜は自分の部屋のボロいふすまを開けた。
座布団に顔を埋めると、泣けてしょうがなかった。
「モモちゃん……!」
由依埜は座布団カバーを握りしめて胸をかきむしるように泣いた。
「……泣いてる?」
「……ああ」
吾郎と周二は裸電球のともった畳四畳半の部屋で内職の手を止めて、言った。
「ムリもないよな。百代ちゃんユイちゃんとほんとうに仲良かったもん」
周二はボールペンの芯を本体に入れるとペン先を締めて言った。
吾郎は少し涙を浮かべた。
「あの子……。百代ちゃん小学校のときおいらバレンタインチョコもらったんだ。“吾郎さん。どうせくれる女の子いないでしょ!゙って笑ってたんだ……」
「泣くなよ。吾郎ちゃん。ぼくだって百代ちゃんには大学受験のとき御守りもらったんだ…。信じたくないよ……」
「百代ちゃん!ごめんよ!君の初恋の相手は浪人生で無職で童貞で……」
「初恋の相手とは誰も言ってないよ。吾郎ちゃん」
ピンポーン。
その時アパートのチャイムが鳴った。
三上家に戦慄が走った。
隣の部屋から由依埜まで飛び出してくる。
周二が叫ぶ。
「吾郎ちゃん!ユイちゃん!こっち!押し入れの中に隠れて!」
周二と由依埜が押し入れの中に隠れた。
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