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女は微笑んだ。
「わたしのことはさくやさん、と呼んでください。これ、長崎で人気のお菓子です」
吾郎がうわずった声を出した。
「あ、ああ上がって行ってくださいっ。さ、さささくやさんっっ」
「にゃーん……」
「あっ。オーガスタも上がって行ってくださいって言ってますっ」
さくやさんは目を見開いた。
「猫の言葉がわかるの?」
吾郎は薄汚い焦げ茶色の座布団をさくやさんにすすめながら言った。
「おいらオーガスタ……あ、こいつオーガスタってゆうんですけど昔から動物の言ってることがわかるんですす。あ、あと植物も少し……」
さくやさんは言った。
「まあ……すてき。よろしくオーガスタさん」
その時だった。
「さ~く~や~さ~ま~」
アタマにネコ耳をおしりに黒いしっぽを付けた12歳くらいの童女が玄関のドアをぶち壊して三上家の四畳半の茶の間に転がり込んできた。
「うわあっ。なんだ!?」
「ちょっとちょっとうちの玄関壊さないでよっ!」
由依埜が声をあげた。
童女は座敷わらしのような和服をはおり、炭のように黒い髪をあごの辺りで切り揃えている。
玄関のドアが消滅した三上家は12月のひえびえとした風が入り込んでくる。
「まあ……。キャロラインさん」
さくやさんさくやさんがおっとりと微笑んだ。
吾郎はオーガスタの後ろに隠れながら訊いた。
「ささくやさん知り合い?ですか?」
するとネコ耳童女はぽかぽかと吾郎の腰元をこぶしで叩いた。
「な~にがさくやさんですか。馴れ馴れしいですよっ」
するとさくやさんがつかつかと歩み出て、童女の頬を平手打ちした。
「キャロラインさん!なんですか。さっきから!こちらの家の方に玄関を壊したことを謝りなさい!」
すると童女はくちびるをへの字にし、目にウルウルと涙を浮かべると「なにさっ。 さくやさまったらっ」と言った。
一時間後。
とりあえずトタン板で玄関を補修した三上家は狭い部屋でお茶で暖を取っていた。
キャロラインと呼ばれた童女はむっつりと押し黙っている。
「えーとつまり」と周二が言った。
「長崎からきたとゆうのは嘘でさくやさんは冥界のお姫さまだと?そしてそこのキャロラインちゃんはさくやさんのお付きだと?」
「お付きと言うより使い魔、と言った方がいいかもしれません」とさくやさんは微笑んだ。
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