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 僕が毎日通っている建物の屋上へとやって来ると、おじさんが座って煙草を吹かしていた。  このおじさんは初めてここで会ったときも、今日と同じように煙草を吹かしていた。  その日以来、僕とおじさんは友達になり、毎日この建物の屋上へ通っては景色を見ながら、おじさんとお話をするようになった。  おじさんは、ファッションには関心がないらしく、いつもくたびれたスーツにモスグリーンのコートを羽織っていた。少ない髪も手入れをしなかった結果の表れなのかもしれない。 「仕事が忙しくってなかなか服装を気にする暇がなかったんだよ」 なんでも以前は刑事をしていて、優秀だったそうだ。 「家族とは上手くいかなかったけど、煙草のおかげで寂しくなかったよ」  寂しそうな頭は見ないようにしながら話を聞いていた。 「昔は煙草を吸っているときが至福のひとときだった。今はつい習慣で吸っちまうんだが美味しいと思わなくなったなぁ」  煙草の味なんて場所によって変わるものなのかと思ったが、僕の疑問に気が付いたのかこう付け足した。 「場所の問題ではないんだよ。昔はストレスを紛らわすために吸っていたから美味しく感じていたが、今は紛らわすストレスが無いから、ただ煙たいだけだなぁ」  それでおじさんはここを離れることにしたのだ。だから僕は今日、最後の見送りに来た。 「そうだ、坊主。今日で最後だから俺の煙草あげようか?どっちみち持っては行けないしなぁ」  僕は煙草に興味はないんだけど、おじさんとの思い出の品として貰っておくことにした。 「坊主には煙草の美味しさなんて分からないかもしれないが、まぁ俺も当分の間は忘れちまうんだよなぁ」  だったらこのままここに居てもいいのではと思ったが、おじさんは聞き入れてくれなかった。 「どうしてもあの至福のひとときが忘れられなくてなぁ」  そう言っておじさんは屋上の縁に立って、最後に一度僕の方を見ながら微笑み、 「じゃあな坊主、元気で」 と言うと微笑んだまま落ちていった。  おじさんは至福のひとときを求めて、天国から地上へと落ちていったのだ。  こうして僕の部屋にはまた一つ、天国から至福のひとときを求め地上へと落ちていった友達との思い出の品が増えた。
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