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「やっぱり、もう帰るよ」
「もう……?本の話になったから私ってば、ついおしゃべりになっちゃって―…つまらなかった……よね……」
「違うよ。やっぱり早く帰って台詞の練習をしようって思っただけ」
「本当に……?」
「本当だよ。大丈夫。また繭子さんが望んでくれるなら会いに来るから」
悠馬は微かに優しい笑みを見せてくれたけど、
「―…」
その表情は何処か寂しげに思えた。
「アイスティー少ししか飲んでないけど、美味しかったよ」
「ま、待って、悠馬……っ、これ、今日の分だから―…」
「―…ありがとう」
壱万円札を悠馬の手に持たせると、今日は頬にキスをくれる。
「繭子さん、ちゃんと鍵をかけてね」
そんな言葉を私にかけて悠馬が帰って行った玄関のドアを暫く見つめてしまう。
やっと鍵をかけて部屋の中に戻ると、空になっていない二つのグラスも寂しげに見えた。
その横には、さっき悠馬が手に取ってくれていた文庫本。
〝春の雪”
文字を目で追う。
私達が出逢った季節を思い出して、恋しさがますばかり。
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