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先輩から海の撮り方を教わっていたのに。
周りのみんなが盛り上がってはやしたてて……見えないクサリが重く何重にも私に巻きついていった。
助けて、先輩……!
先輩と目が合った。
でも先輩は、私から目をそらし、背を向けて、その場から立ち去っていった。
行かないで……
行かないで先輩!
どうして何も言ってくれないの?
どうして? どうして……!
「私、どうしてあの時、周りに流されてしまったんだろう」
思えばあそこから、歯車がずれ始めた気がする。
先輩じゃない人と付き合うことになって、先輩とも疎遠になった。
やっぱり違う――と気付いた時には、もう先輩は卒業していた。
先輩じゃない人とは、一年しないうちに別れた。
カメラを続けたいから、という理由で先輩と同じ企業へ就職したが、それは結局のところ、先輩への未練だ。
入社した動機は不純だけど、仕事は楽しかった。
カタログやパンフレットを作る仕事で、自分が撮った写真が形になるのは嬉しかった。
それに何より、先輩が毎日同じ空間にいてくれたから。
葉山から始まった、あの間違いだった時を埋めるように、私は先輩の下で仕事に励んだ。
先輩はまた私に、丁寧に仕事を教えてくれた。
バリバリ働いて、充実し、先輩と一緒に大きなプロジェクトにも携わった。
残業で疲れはてていたある晩。
先輩と一緒に帰り道を歩いていたら、道端に薄茶色の体毛の子犬が捨てられていた。
「捨て犬? やだ、すごいかわいい……」
「随分人懐っこいなー」
警戒心ゼロで甘えてくる。
笑っているような表情がキュンとするほど愛らしくて、すぐに心をつかまれた。
「この子、私が育てていいですか」
アパートはペット禁止だけど、隠れて飼ってる人はいたし、そんなに大きくないから大丈夫だろう。
「え、俺も気に入ったんだけど」
「え……っ」
私が本気で戸惑った顔を見て、先輩はからからと笑った。
「いいよ、秋野が連れて帰りな。でも俺にも時々世話させてくれな」
くしゃっと笑った顔を向けられ、先輩との距離が、グッと近付いた気がした。
「はいっ、もちろんです!」
残業の疲れなんて一気に吹き飛んだ。
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