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俺は女を見ながら何も言わないでいた。女はやけに気軽に俺の腕に絡まってきて顔を覗き込んで来た。
「まさか、忘れたとか?昨日の今日よ」
「……ごめん、誰だっけ?」
面倒な事になった、と思いながら俺はそう言った。知らない振りをしておけば、勝手に怒って居なくなるだろうと思った。
「いやね、本当に忘れたの?和葉よ、忘れないでよ。また会ってくれるって言った癖に」
女は怒りもせずに、にこやかに言った。和葉と言う名前で俺は一昨日の夜に抱いた女を思い出した。
「化粧のせいかな。イメージ違うから解らなかったよ、ごめん」
俺はでまかせを言う。いくら行動範囲が狭かろうと、同じ女に立て続けに会うのはおかしい、と少し思う。けれど、今日は和葉の方から声をかけてきたので、そんな偶然もあるだろうと、気にしない事にした。
「ムラマサは何処かに行く途中?私、これから帰るところなの」
「いや、そう言う訳じゃないけど」
柔らかく笑う和葉に俺ははっきりしない返事をする。ふんわりとした長い髪が揺れる。腕に絡む温度を妙に感じる。
「じゃあ、うちに来ない?」
「いいよ」
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