第1章

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桜なんて咲かなければいい、そうすれば春は来ないから。春が来るから、祐奈は行ってしまったんだ。 大岡川沿いの桜に恨めしい視線を向けながら、桜が咲かずとも四月はやってくるのだと思い直す。心底すきな季節のはずなのに、こんなにも憂鬱なのは数日前に留学へいってしまった、祐奈のせいだ。今頃、地球の反対側で青い目の背の高い人達と陽気にやっているんだろう。 祐奈が自分で選んだのだから、と思うほどに離れたくないとエゴが叫び出す。こんなのよくない、友人の門出は祝うべきだと言い聞かせても、私の本心は「ここにいてほしい」と主張し続ける。 「はぁ……」 一人の友人がどこかへ行っただけで、ここまで落ち込むとは我ながら情けない。自分でも驚き呆れている。ただの、お友達、だったはずなのに。他の人と同じ友人、それ以上でもそれ以下でもない。それなのに、どうしてこんなにも悲しいのだろうか。 ガタゴト、と規則的に揺れる車内はきっと目には見えない私の溜息で飽和状態だろう。車窓の向こう側は、春の穏やかな日差しをいっぱいにうけて、ピンク色が眩しいくらいだ。 桜、なんて……。 嫌いだ、と言いそうになった時。全ては起こった。鳴り響いていた 駅メロがどこの駅か、なんて、覚えていない。あれはどこの駅だったんだろう。 電車はちょうど特急との待ち合わせで、私の乗っている電車の反対側には各駅停車が止まっていた。窓の奥に見えた、一人の姿。 「祐奈……」 祐奈な訳がない、彼女は数日前に私がこの目で、この京浜急行にのって羽田空港まで見送りに行ったのだから。それでも、私は走り出していた。走り出さずにはいれなかった。もしかしたら祐奈かもしれない、という希望的観測とともに。 けたたましく響くドアが閉まるのを警告する音を無視して、数十メートルのホームを横断した。そして閉まりかけたドアに、身体を滑り込ませる。駅員さんの困った顔なんて、気にならなかった。
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