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こちらは土方のものと違い、乱れ刃紋が見事な一振りだが実際に使いこまれた痕跡にぞくりとなる。興味本位で近づくのは危険だということもわかっているが、刃紋に引き込まれるように近づきたくなる。
「薫」
声をかけられてはっと我に返る。
背後に近づいていたお藤が袖を摘んで手を差し出していた。刀をよこせということなら、土方と沖田が帰るのだろう。
慌てて刀を鞘に戻した薫は刀をお藤に預ける。
「話は後で聞きます。あなたは見送りは不要ですよ」
眉を潜めたお藤の顔をみて、叱られる、と反射的に思う。
うなだれた薫を置いてお藤は土方と沖田を送り出しに向かった。
戻ってきたお藤は薫を自室へと連れて行った。膝を突き合わせるほど近く、向き合って座る。
「薫。あなたにはこれまで何度も言い聞かせてきたはずですよ。彼らのような人たちには関わり合いにならないようにと」
「……申し訳ありません。母上。ただ、私は」
「言い訳は聞きません」
膝の上に両手をそろえた薫は、何も言わずに頭を下げた。
「……はい」
「しばらく家に引きこもっていなさい。店に近づいてはなりません」
「え……」
「今すぐです」
有無を言わさないお藤の言葉に顔を上げた薫は、一瞬、その表に悔しさを滲ませたがすぐにそれを隠して立ち上がった。
店に来るときと同じように裏手の木戸に回る。
しょんぼりと肩を落として、足早に家に帰った薫は、湯を沸かして大盥の中に湯を満たす。入り損ねていた湯を使うために、髪を解いて、つま先から湯に入った。
自分自身でもよくわからないが、何かが動けといっているような気がする。
お藤が今まで、生まれてからずっと薫に言い続けてきたことは十分にわかっているはずなのに、どうしても心はままならない。
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