第三段 誘惑

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湯の中に広げた手ぬぐいを使って、頭の先からゆっくりと洗い清めていく。これまでと何が変わるわけでもないのに、なにか一枚、薄皮を剥いでいくような気がした。 すっかり湯が温くなってきた頃、用意していた手ぬぐいを手にして濡れた体を拭き清めていく。 まだ水気の残る髪に手拭いを添えて、櫛を入れて整えるのと、着物を着るまでが流れだ。 それから飯の支度をして腹を満たした薫は部屋の中で座布団を枕に横になる。日が暮れるまでの間、一眠りした薫は目が覚めたあと、渋い茶に梅干を入れたものを飲み干してから、支度をして家を後にした。 料理屋をやっていれば様々な客が来る。 半年ととはいえ、揚屋ではなくともこうした店を営んでいるだけに客も大店や武家がほとんどだ。 店の者は何を見聞きしても口外しない。 そして、客同士、顔を合わせたら不都合な場合は反対側の廊下から出入りさせたり、すれ違うように仕向けて心配ることも大事な仕事だ。 そんなことをしていれば話を聞かなくても、なんとなく見えるものも増えてくる。 薫は川沿いを二条城のほうへ歩いたあと、人目を避けるために高山寺の方角へと足を向けた。壬生村のあたりは新選組の屯所があった場所でもあり、今は見廻の受け持ちが曖昧と言う場所だ。 新選組が受け持ちを主張していたが、見廻組も受け持ちを主張していて、混沌としているから互いに手を出しかねていて見回りが今は来ないからだ。 夜とはいえ、人通りがないわけではない。 花町に向かう人や店じまいをした店の小者が一杯飲みに出て行ったり、様々である。提灯を持たなくても道を知っていて、すれ違う人々の灯りがあれば迷うことはない。
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